「好きだったドラマに「?」が生まれたら」作家・柚木麻子が語る、時代を映す鏡としてのドラマ【インタビュー後編】
――10年の連載をまとめているので、本書を読むだけでも、いかに社会の価値観が変化してきたのか、ドラマがどのような役割を担っていたかがわかっておもしろかったです。 柚木:ありがとうございます。ただ、1冊にまとまったことで、主に男性俳優の性加害や薬物が原因で再放送も配信もされなくなった作品が相当数あることに、改めて驚かされました。 たとえば、朝井リョウさん原作であり、Juice=Juiceにとって初の地上波主演作品であるドラマ『武道館』。私の大好きなともさかりえ主演の『春ランマン』。キリがないですよね。配信NGになる俳優さんって、いろんな作品にちょこちょこ出ていたりもするから……。 女性は、不倫問題で降板とかはあるけど、配信がストップされるほどの性加害で訴えられたりしない。ドラマファンにとっても、いちばん厳しい目を向けなくてはいけないのは、性加害する俳優だなと思います。 ――柚木さん自身、長年、香川照之さんの大ファンを公言されていました。そのことについて語る本書の〈私はここから、自分の悲しみや傷を、茶化さずエンタメ化せずにただ向き合う、といった日常にだんだん慣れていかないといけない〉という文章は、他人事ではなかったです。 柚木:加害発覚後、たぶん本人より私の方にたくさんメディア取材が来たんじゃないかな? こんな風に語ってほしい、書いてほしいというオーダーが先月だけでも1、2回ありますね。そして、今も私は、香川照之のことを考え続けていますよ。『20世紀少年』における香川の役割とか、香川ベスト10作品は何かとか……でもそれは性加害を許容したということではまったくなくて。私、推し感情が高じて、香川照之の似顔絵を100号の油絵で2枚描いたんですけど、それだけはまだ捨てる勇気がなくて、手元に置いてあるんですよね。割といろんな人から譲ってくれと言われていますが、渡していない。私なりの決着の仕方を今も考えています。 こういう風にこの話題で取材が来るということは私には、きっと、いずれ、香川照之との対談みたいな話も持ち込まれると思うんですよ。でもそのとき、大和田常務のごとく気迫で「死んでも嫌だねえ!!」って言ってやりたい。そのときのために生きていると言っても過言ではありません。もはや、私のなかに香川照之が数多の役で演じてきたキャラが宿っているも同然なんですよ。 ――香川照之という役者を愛していたからこそ、彼のしたことを徹底的に否定して、拒絶する。それはものすごく、苦しいことですよね……。 柚木:そうですね。みんなそう言いますね。でも、こうして私に取材がたくさん来るというのが1つの真実だと思います。みんな元推しとのベストな向き合い方が知りたいんですよ。まだそのモデルやプランが存在しないから。私、映画『あしたのジョー』の香川照之がものすごく好きだったんですよ。それこそ俳優ありきで、名作に仕立て上げようなんて気概はおそらく制作陣にはなかったと思うのですが、彼はなんかとんでもない準備をして役に挑んだ。なんでこの人だけは満身創痍で実写映画のクオリティを上げ続けるんだ、と画面越しからも伝わるその気迫で作品をなんとかした彼の姿勢に、私は救われてきたんです。斜陽産業と言われ、夢を持って飛び込んでも投げやりになりがちな出版業界で、それでも準備とやる気だけは完璧にして、書き続けてやろうって……。 だから、香川の性加害についてもぶつかるしかないんですよ、私は。いずれ対談のオファーがきても、目を逸らすのではなく正面から見据えて「お前の才能が生んだモンスターが私だからな」って言ってやりたい。 ――「好きだから」でなあなあにしない。自分が性加害したわけじゃないから、といって逃げない。その覚悟が、エッセイからも伝わってきました。 柚木:自分の推しが性加害をしてしまった、あるいは関わっていたことがわかってしまった、と苦しい思いをしている人はたくさんいますよね。 ジャニーズがずっと好きだった人たちは、きっと未だに、どう向き合っていいのかわからない人がほとんどじゃないのかな。ジャニーズも、基本的に薄味である日本のエンターテインメント業界のなかで、満身創痍でギラギラしながら道を切り開いてきた集団ですし、女性が加害される不安に怯えることなく、安心して推すことのできるメジャーなコンテンツでもあった。ただ彼らの場合は被害者であるから本当に複雑ですよね。 だからこそ、推しから受け取ったものを、血肉として蓄えられたものをもってして、現実に向き合っていってほしいなと。