「釣りキチ三平」の求道的な描写と対照的、ギャル+釣り+料理の魅力 ふなつかずき「釣って食べたいギャル澤さん」(146回)
少し前、米国のマンガファンたちが「日本には“釣り”をテーマにしたマンガがある!」「川や魚の描写がすごくリアル!」と騒いでいる動画を見た。取り上げられていた作品は釣りマンガの古典『釣りキチ三平』(矢口高雄)。もう半世紀以上も前になる1973年に「週刊少年マガジン」(講談社)で始まり、少年たちに空前の釣りブームを巻き起こした少年誌初の本格釣りマンガだ。矢口はその前年から「週刊漫画アクション」(双葉社)で『釣りバカたち』も連載していたが、人気と知名度で見れば圧倒的に『三平』だろう。釣りをテーマにした少年マンガが成立し、しかもヒットするというのは画期的な事件だった。 以来、マンガのジャンルとして釣りが定着。アウトドアブームで釣りをする女性も増える中、2016年から2017年にかけて『おひ釣りさま』(とうじたつや)、『つれづれダイアリー』(草野ほうき)、『放課後ていぼう日誌』(小坂泰之)など、「女性を主人公にした釣りマンガ」が急増する。その流れの最先端が今年6月から「グランドジャンプ」(集英社)で始まった『釣って食べたいギャル澤さん』(ふなつかずき)だ。 コミュ障で彼女いない歴24年の青年・釣谷(つるや)の趣味は週末の海釣り。ある日、船上でハイテンションなギャル・春澤(はるさわ)と隣同士になり、初心者の彼女に釣りを教えることになる。実は彼女は社長の娘。「手を出すとクビ」とささやかれる存在で――。 ご存じの通り、『釣りキチ三平』の主人公・三平には両親がなく、学校生活もまったく描かれない。筆者が生前の矢口に取材したところ、それは意図的なもので「純粋に釣りの面白さだけを描きたい」という思いがあったという。 「三平が祖父の一平とふたり暮らしなのは、父や母といった家族が出てくると、『余計なドラマを描かなければいけなくなる』から。三平の年齢は『13歳くらい』と設定したが、同じ理由から学園生活は一切描かないことに決めた」(拙著『週刊少年マガジンはどのようにマンガの歴史を築き上げてきたのか?』より) そんな“純・釣りマンガ”だった『三平』と対照的に、魚のさばき方や料理法、実在する日本酒とのペアリング、ラブコメ、ラッキースケベなど、『ギャル澤さん』には釣り以外にさまざまな要素が「これでもか」と詰め込まれている。 釣りや料理の解説も詳しく、実用性は極めて高い。特に料理には力が入っていて、タイトルそのままに「釣り」「料理」「ギャル」が3本柱となっている。本格的でおいしそうな描写は『華麗なる食卓』の作者ならではだろう。第1巻に登場する魚はタイ(タイラバ)とアジ(LT〈ライトタックル〉アジ)。そこから「たて塩で焼いたタイの尾頭付き塩焼き」「3日寝かせたタイの刺身」「梅じそアジフライ」「アジのなめろう」といった料理の作り方が説明される。 自分で釣った魚を自分で料理して食べる――。「それって超ワイルドやん! が~ちゃ~カッコイイ!!」というギャル澤さんの言葉には素直に共感できる。タイとアジという誰もが食べたことがあるメジャーな魚を最初に取り上げたのもうまい。読んでいると「自分で釣った魚を食べてみたい」という欲求がむらむらと起こり、本作を教科書に海釣りを始めたくなってくるのだ。 (文:伊藤和弘)
朝日新聞社(好書好日)