極貧生活を送る高齢者を見て「明日は我が身」と震撼…日本人の「老後不安」を急激に高めた「ある番組」
世を震撼させた「“老後破産”の現実」
少子高齢化と共に急速に広まっていった老後の金にまつわる不安は、2010年代の半ばに、一つのピークを迎えたように見える。きっかけの一つとなったのは、2014年(平成26)に放送されたNHKスペシャル「老人漂流社会 “老後破産”の現実」である。 NHKスペシャルは時折、視聴者の生活に直接結びついた問題を提起して大きな話題となるが、2013年(平成25)に「終(つい)の住処はどこに」で始まった「老人漂流社会」シリーズの二作目である「“老後破産”の現実」もまた、世の中高年を震撼させた。 一人暮らしの高齢者が急増している中、その半数は、年金額が生活保護の水準を下回っている。……ということで、厳しい生活をする高齢者の姿を映し出したこの番組は、「明日は我が身」と、視聴者達に思わせることに。 私もこの番組を見たことを覚えているが、家事能力を持たず、ゴミ屋敷のような部屋で一人暮らしをする高齢男性の姿は、見るのがつらかったものだ。 また、食うや食わずの毎日を過ごす高齢女性の姿からは、「この姿が、日本名物『BB』」……と、思わずにいられなかった。2010年(平成22)刊の樋口恵子『女、一生の働き方 貧乏ばあさん(BB)から働くハッピーばあさん(HB)へ』(文庫版『BB(貧乏ばあさん)の逆襲 働くハッピーばあさん(HB)になる、女、一生の働き方』/2023年)で著者は、BBすなわち貧乏ばあさんは日本の特産品だ、としている。制度的に専業主婦に誘い込まれて子育てや介護を担ったり、低賃金労働に甘んじたりしてきた日本女性は、老後に「貧乏」という名のツケを回されるのだ、と。 2007年(平成19)に刊行されてベストセラーとなった上野千鶴子『おひとりさまの老後』にも、金の問題は記されている。基本的には、制度を活用することによって、それほど多額の金をかけずとも在宅のまま老いて死ぬことができる、と書く本書。とはいえ年金だけで暮らすことは不可能なので、「毎月のフロー、つまり収入が入ることが不可欠」とあるのだ。 年金だけで暮らすことができない日本。怪我や病気で働くことができなくなったらどうなるのだ。……と、「“老後破産”の現実」を見て思った人は大勢いたのであり、この番組が放送されて以降、老後破産に関する様々な情報が世には溢れた。NHKではこの反応を得て、2015年(平成27)には「老人漂流社会」シリーズ第三弾「親子共倒れを防げ」、翌年には第四弾「団塊世代 しのび寄る“老後破産”」を放送している。 * 酒井順子『老いを読む 老いを書く』(講談社現代新書)は、「老後資金」「定年クライシス」「人生百年」「一人暮らし」「移住」などさまざまな角度から、老後の不安や欲望を詰め込んだ「老い本」を鮮やかに読み解いていきます。 先人・達人は老境をいかに乗り切ったか?
酒井 順子