なぜ「パーパス経営」は組織を疲弊させるのか。“きれいごと”に社員は冷めている
パーパスは「目的」という意味を持つ言葉だが、企業経営においては「社会的な存在意義」といった意味で使われる。 【全画像をみる】なぜ「パーパス経営」は組織を疲弊させるのか。“きれいごと”に社員は冷めている 近年、「パーパス経営」を掲げる企業が増えているのは、大きく2つの理由が考えられる。1つ目は、社会や投資家が企業に対してESG経営やSDGsを要求するなど、社会的な存在意義を問うようになったこと。2つ目は社会的意義や社会貢献を重視するミレニアル世代やZ世代への採用戦略、及びマーケティングとしてだ。 こうした時代の変化から、パーパスは一種の「ブーム」とも言える状態になっていった。 ブームに乗る形で多くの企業がパーパスを策定したわけだが、こうした企業が今直面しているのが、「パーパスが従業員に浸透しない」という問題だ。さらには、パーパスの浸透活動を主導する事務局までもが疲弊して、取り組みが自然消滅してしまう企業もある。 今回は、あえて経営陣ではなく現場の視点から「従業員の疲弊」「管理職の疲弊」「事務局の疲弊」について考察し、解決法を提示していきたい。
1)現場従業員の疲弊「共感できない」
パーパスに関して、現場の従業員からよく聞かれるのが次のような声だ。 「経営者が急にかっこいいことを言い始めたが、正直現場は冷めている」「マイパーパスをつくれと言われたけれど、つくった言葉にしっくりきていない」 どれだけ立派なパーパスを策定しても、現場の従業員が共感していなければ浸透は望めない。パーパスは「企業の社会的な存在意義」であり、抽象度が高いため、日々、現場で業務に向き合っている従業員からすると「ピンとこない」のも無理はないだろう。 パーパスへの共感を高める方法として、従業員に個人としての目的を言語化した「マイパーパス」を策定してもらい、会社のパーパスとリンクさせることで共感を高めようとする取り組みもよくみられるが、これもやり方を間違えると効果は見込めない。
社員と企業をつなぐ「マイパーパス」の落とし穴
マイパーパスの取り組みをする際は、上図のフレームを意識してほしい。まず、会社の「パーパス」と個人の「マイパーパス」を、「表層」と「深層」に分けて考える必要がある。 会社の「パーパス」と個人の「マイパーパス」の接続を図るとき、表層の言葉だけをつなげようとしてもうまくいかない。そうではなく、パーパスの深層に込められた会社の想いと、個人の深層にある大切にしてきた想いを接続することが重要だ。 マイパーパスの取り組みがうまくいかないパターンは2つある。1つ目が、個人が会社のパーパスを表層でしか認識しておらず、深層にある意図や想いを理解できていないパターンだ。この場合、会社のパーパスは個人にとって単なる言葉でしかなく、自分の想いやとのつながりも感じられない。 2つ目が、個人が自らの深層にある想いを言語化できておらず、表層的にマイパーパスを策定しているパターンだ。「会社につくれと言われたから、とりあえず書く」という姿勢で、内省するプロセスを経ずにアウトプットしても表層的な言葉にしかならない。この場合も、会社のパーパスと深層の部分でリンクしないので、共感を高めることはできない。