「短歌の世界へようこそ」俵万智さんが1527首の中から選ぶ、読者投稿短歌の優秀賞と全体評。短歌の醍醐味は…
◆優秀作 意地悪な気持ちを何度もろ紙にかけ素直に母を愛してみたい (大阪府・北村ゆり子) ●評● 不純物を取り除くために使われるろ紙。この場合の不純物は「意地悪な気持ち」だ。それを不純物と感じ、ろ過したいと感じているところに、作者の自責の念と優しさが滲んでいる。ほんとうは意地悪な気持ちでなんか接したくないのだ。 でも、いざ面と向かってしまうとイライラしたり、つらく当たったりしてしまう。「何度も」ろ過しなくてはならず、「愛そう」という決意ではなく「みたい」という願望の表現で終わっているところに、現実の難しさも伝わってくる。 けれど、ろ過されて出てきたものが「素直」であるならば、それはもともと心の中にあったものなのだ。 私には忘れられない人がいて忘れたくないことも許して (東京都・吉田成美) ●評● 年齢を重ねた人にしか詠めない恋の歌だと思う。長く生きていれば、新しく恋愛を始めるときに、お互いが初恋であることなどほとんどない。 上の句、とても正直に自分のなかに面影を残している人がいることを告げている。そして下の句では、そんな自分をまるごと受け入れてほしいと願う。 忘れられないのは仕方ないとして、忘れたくないのは意志である。過去の恋愛が、今の自分を作ったのだという気持ちがあるのだろう。 それを素敵なことだと感じるか否か。恋の行方を占う告白だ。 ちなみに私は、素敵だと感じるほうに一票。
常務から「食べないから」と受け取ったチョコの第一走者を思う (東京都・柳直樹) ●評● バレンタインデーの職場でのドラマ。常務というからには、それなりの社会的立場のある人だ。 本当に食べない場合でも、持ち帰って家族に渡すこともできるだろう。だとすると、家に持ち帰ると気まずいのか? 最初にこのチョコを常務に渡した女性は、どんな思いを込めたのだろうか。ただの義理チョコか、それとも真剣な恋心? 作中主体と同様、読者も背景をあれこれ想像(妄想)してしまう。それが短歌の面白いところで、もちろん正解はない。 チョコをバトンに見立てて、最初の女性を「第一走者」とした比喩が秀逸だ。
俵万智
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