「人間には陰謀論的な思考回路がつねにある」 作家・小川哲が『スメラミシング』で描いた信仰と宗教
陰謀論でつながる人たち。違いを見過ごして連帯するということ
―この短編では、農薬系をはじめ、秘密結社のフリーメイソン、イルミナティとか、いろいろな系統の思想を信じる人が登場します。それぞれ違う信条を持っていますが、主要人物の二人は喫茶店で待ち合わせをして、一緒にノーマスクデモに行こうとしていて、どこか連帯しているのが印象的でした。一般論として括りづらいですが、リベラルな政党や野党は一枚岩になりづらいと言われます。リベラルは少しの違いが起きると指摘し合ってしまい、連帯するのが下手だと……小さな違いを見過ごして連帯するというのはどういうことなのか、小川さんにぜひ聞いてみたいと思いました。 小川:リベラルに限らず、ノーマスクデモとかも集団で活動しようとしたら内部でバラバラになるとは思いますよ。小さな違いどころか、全然違う世界観をみんなが持っていると思いますから。 でも、リベラルもデモをするところまで連帯ができても、選挙協力という実務の部分になると、活動のなかで小さな違いや一般的に内ゲバと言われることが起きますよね。政治的に大きな目標を掲げている人たちがお互いの小さな違いを無視できずに瓦解してしまうというのは、歴史上何度も繰り返されていることだと思います。 まず、連帯をするときは、「目の前の選挙に勝つ」みたいな小目標があるわけですよね。だけど、それぞれの人がその背後にこういう世界を実現したいとか、大きな理想を持っている。その大きな理想が少しでも違うと、目の前の小さな理想に対してぶつかり合ってしまうんじゃないかと思います。 目の前の小さな目標を実現するために、自分の大きな理想に目をつぶることはできない。それはずっと起こっていることだし、難しいことだと思います。人間ってやっぱりなかなかそんなに現実主義になれないというか。 ―それはすごくあると思います。先ほど、陰謀論を人が信じる背景について、世界のいろんなことに理由や根拠がないということを挙げていました。ここ最近は米不足や円安とか、良いニュースが全然なくて、社会不安によってますますその空気感が醸成されているのではないかと思います。いまの社会の空気感をどう捉えているかもぜひお聞きしたいです。 小川:自分の生活がある程度うまくいっていて、上り調子だと思っているとき、人間は不思議なことに理由は求めないものだと思います。うまくいかなかったり、自分が望んだような生活ができなかったりするとき、社会も複雑でいろんな要因が絡まっていて、じゃあこれは誰のせいなんだと、主体がどんどんわからなくなっていく。 そんなとき、自分がうまくいかないことの責任の所在が明らかになることによって救われる人もいると思います。社会が不安定になればなるほど陰謀論的なものは広まっていくのかなと思います。