「人間には陰謀論的な思考回路がつねにある」 作家・小川哲が『スメラミシング』で描いた信仰と宗教
「小説は人々が陰謀論を信じるための想像力の土台をつくっている」
―表題作となる短編『スメラミシング』は、コロナ禍にSNSで知り合った陰謀論を信じる人たちが登場する話です。ご自身のPodcast番組でも陰謀論に興味があったと話していましたが、陰謀論は重要なテーマの一つだったんでしょうか? 小川:そうですね。なぜ陰謀論を人々が信じるのか考えたときに、現実世界にはいろんなことに理由がなかったり、根拠がなかったりするということが一つの理由ではないかと思いました。 例えば、新型コロナウイルスが発生した理由について、誰かの陰謀だったという論争も出ていました。ウイルスが発生して拡散する過程でウイルスが変異し、世界中の人々の生活に大きな打撃を与えたわけですが、自分の生活や家族、友人を失っても責任の所在がないというか、理由がないことに耐えられないということはありえるんじゃないかと思うんです。何のせいにもできないというか。 それ以外にも、世の中には自分たちから何かを奪ったり、傷つけたりする出来事がたくさん起きる。それに理由があることもありますが、理由がないこともやはり往々にしてあります。そういうとき、世界を束ねる黒幕がいるんじゃないかとか、自分が不幸な目に遭ったのはこういう悪いやつがいるからじゃないか、あるいは、自分が不幸な目に遭わなくて済んだのはこういう行ないがよかったからじゃないか……と、何も因果がないところに因果を見つけ出すということは、太古の昔から人々がずっとやってきていることだと思います。 小川:一方で小説は、因果を書くジャンルなわけですよね。要するに、そういう理由がなくて困っているところに答えや理由、黒幕を与えてあげるわけです。つまり小説家って、人々が陰謀論を信じるための想像力の土台をつくっていたり、あるいは陰謀論を信じるために使っている回路を利用してお金儲けをしたりするという側面もある。 だからこそ、神とか宗教について書くうえで、陰謀論はちゃんと正面から扱いたいなという思いがありました。 ―お金儲けという言葉が出てきましたが、小説を読む側である私はそういうふうに考えたことはなかったです……。 小川:小説家も、みんながみんな金儲けのためだけに書いているわけじゃないと思うんですけど(笑)。でも結果として、読者の方が本を買って、そのお金が作家に入ればそれはお金儲けなので、そういう側面もあるということです。