「人間には陰謀論的な思考回路がつねにある」 作家・小川哲が『スメラミシング』で描いた信仰と宗教
誰しも陰謀論とは無縁じゃない 「人間は恋をするとすごく陰謀論的になる」
―小説というものに対してのメタ的な捉えかたがすごく面白いです。コロナ禍は数年前のことですが、『スメラミシング』にも出てくるノーマスクデモは実際に行なわれていました。生活者としての目線と小説家としての目線、どちらもあるかもしれませんが、小川さんは当時どんな風にご覧になってましたか。 小川:率直に、自分が反ワクチン的な考えを信じていないのは何でだろうとか、マスクをしているのは何でだろう、彼らがワクチンを信用しなかったり、マスクをしなかったりするのはなぜだろうと。自分と、世界観や考えが異なる人のあいだにどういう壁があるのかということが気になりました。 それは僕が小説を書くうえですごく大事にしていることというか……自分と考えや世界の見え方が違う人たちの視点にどうやって立てるか、その人たちの目に世界がどんなふうに映っているのか想像することを僕は仕事にしているので、自分と信じているものが違う人が現れると、すごく興味を持つんです。 ―なるほど。そのあと、自分とは考えの異なる陰謀論を信じている人を、物語の登場人物としてどのように練りあげていったのでしょうか。 小川:僕がじゃあ陰謀論と完全に無縁かというと、全然そんなことはない。自分も過去に誤った事実を本当だと信じていた時期があるし、あるいはもっと言うと、僕はサッカーが好きなんですが、たとえばサッカーチームのファンになったり、誰かアイドルや俳優のファンになったりすることって、ときに盲目的になって、宗教的になることがありますよね。 その根源にあるのが恋愛だと思っていて、人間ってやっぱり恋をするとすごく陰謀論的になるわけです。相手からのなんてこともないメッセージを「これは気があるからなのか」とか、「これはほかに相手がいるに違いない」とか、いろんな情報に勝手に因果をつけて、陰謀論的に一喜一憂する。 そういう意味では、僕自身がいま陰謀論を信じるかどうかとは別に、やっぱり人間そのものに陰謀論的な思考回路はつねにあるんです。それを自分のなかでいろいろ想像したり、昔のことを思い出したり、あるいはまわりの人を見たりしながら書いていくという感じでした。