玄関に書かれた「出テイケ」の文字。閑静な住宅地に潜む謎の真相に迫る、サスペンスセミフィクション『この街の誰かに嫌われています』【書評】
世の中、人間関係ほど難しいものはない。分かり合いたい、心を通わせたいとどれほど強く願っても、人にはそれぞれ異なる価値観や背景がある。そして時には、こじれにこじれた人間関係が思いもよらない出来事を引き起こすケースもあるのだ。 【漫画】本編を読む
そんな一例を描いた『この街の誰かに嫌われています』(グラハム子/KADOKAWA)は、閑静な住宅地を舞台としたサスペンスセミフィクション。ゆるっとした優しいタッチの絵柄とは裏腹に、ミニマルな人間関係の異質さが強いリアリティをともなって読み手の胸に迫る。 物語は、子どもの小学校入学を機に郊外の住宅地に引っ越してきた主婦・里奈の視点から展開される。人好きのする性格から、近所の人々と良好な関係を築いていく里奈。しかしある日、元来の正義感の強さから、公園で出会った見知らぬママと口論をしてしまう。 その日を境に、彼女の生活は一変した。植木の破壊。スプレーでデカデカと書かれた「出テイケ」の文字。陰湿な嫌がらせの犯人は口論相手のママに違いないと疑う里奈は、何とかして決定的な証拠をつかもうと奔走する。しかしその後、事態は思わぬ方向へ展開していくのだった。 本作の見どころは、サスペンスの醍醐味である“事件の背後に隠された真実が少しずつ明かされていくワクワク感”や、“次に何が起きるか分からないハラハラ感”にとどまらない。読み進めるうちに味わう、思いもよらない臨場感と没入感。。それらの引力に驚かされることだろう。 眼前に広がるのは、見知らぬ誰かの非現実的な日常などではない。他人と関係を育む中で避けられない、痛みや葛藤、そしてすれ違い――。そう、それは、私たち自身が直面する現実そのものなのだ。 一説によると、人間を最も残虐にさせるのは強い正義感であるという。他人のことはすぐ疑うのに、自分のことは疑わない。自分の痛みには敏感なのに、他人の痛みにはどこまでも鈍感になれる。 主人公・里奈の姿を通して描かれた人間の複雑さや弱さ、独善性に、読後は思わず人として背筋が正される思いがするだろう。サスペンス好きはもちろん、人間関係に悩むすべての人に読んでほしい一作だ。 文=ネゴト / 糸野旬