株価の低迷と人的資本情報開示の関係性 双日に学ぶ人材データの可視化と発信
経営戦略に先立つ戦略人事を目指して
――デジタルHR推進室が発足し、データ分析や情報開示に注力するようになって以来、どのような変化を感じていますか。 合田:KPIを見ると、目標を掲げてから3年で順調に数値が伸びてきました。女性総合職 海外・国内出向経験割合は、19%から48%に。デジタル基礎研修修了者は、0%から100%に。海外グループCxOは、40%から45%に。育児休暇取得率は、68%から100%になりました。 善家:これらの指標は、会社が目指す理想からバックキャスティングしたものであることを粘り強く伝えてきたことで、社内にも中期経営計画や人材KPIがかなり浸透してきたように思います。始めは人材施策に腹落ちしていなかった社員も「なぜこのKPIを追うのかわかった気がする」と話してくれています。 社員から直接声を聞く機会もあります。例えば、エンゲージメントサーベイのフリーコメント欄は、情報開示に注力するにつれ、記入数が増えました。時には耳の痛いフィードバックが寄せられますが、それは会社の課題に正面から向き合ってくれている証左です。誠実に受け止め改善につなげるようにしています。本社の約2500名全員と対話をすることは難しいからこそ、一つひとつの機を捉え、コミュニケーションを絶やさないよう心がけています。 ――データの可視化がもたらした人事施策はありますか。 善家:直近の例で言うと、ミドルマネジメントの強化があります。挑戦する風土を育み、創造的な組織にすることは、経営層の力だけでは難しいもの。トップダウンとボトムアップの両輪で取り組む必要があります。 ボトムアップの動きを活性化するには、ミドル層の果たす役割が大きいことがデータからわかりました。特に課長です。社員のエンゲージメントを左右する要因として、部長よりも課長の影響が大きかったのです。課長は部下の業務に直接関わりますし、メンバーと接する時間が圧倒的に長い。課長なら、ディスカッションして思考を促したり意見を吸い上げたりして、メンバーのモチベーションを高められます。組織のパフォーマンスは課長にかかっていると言っても過言ではありません。 課長には、チームを引っ張る「統率力」と、対話でモチベーションを上げる「対話力」が求められます。向かうべき方向性を示し、時には厳しいことを伝えつつ成長を支援するのが課長の役割です。課長以上に対しては360°評価を実施しているのですが、統率力や対話力をマトリクス化したときに、統率力も対話力も高い「右上」の人材を増やしていくことを目指して、ミドルマネジメントを強化しています。 善家:このほかにも、デジタルHR推進室では、「どのようなデータ分析結果を社内に還元すれば会社を変えられるか」を日々議論しています。ディスカッション中も、単純にデータの中身を議論するのではなく、2030年にありたい姿から見たギャップを基に、経営が向かいたい先と、現場の現状をバランスよく組み込んで考えます。そのうえで仮説を立て、サーベイを実施し、データを分析するという流れです。 ――これまでの人事施策を踏まえつつ、今後の課題を教えてください。 河西:以前、私は「経営戦略と人事戦略はシンクロしている」と考えていたのですが、今はまた違う感覚を抱いています。人事戦略は経営戦略と横並びで同期するのではなく、経営戦略より先を行っていないといけないと思い直しました。人事は遅効性があり、人材を育成して効果が出るまでには時間がかかる。経営が戦略を立てた後に、人材を育て始めるようでは遅いのです。人事が先回りすることで初めて、経営戦略を実現できる人材が活躍できるのです。 また人事を科学し、定量データで語れるようにすることは重要な一方、数値目標だけで中身が伴っていなければ意味がありません。KPIそのものは目的ではなく、変化を見るための指標。変化にどのような意味があるのかを社内外に納得してもらわなければいけません。さまざまな施策の「点」がいずれ「線」となって見えるよう、連続性のあるコミュニケーションを行うことは今後の課題でもあります。 河西:また、双日はグループ連結経営をしていますが、お恥ずかしながら、人事施策の8割ほどは双日単体での施策です。私たちは「企業価値2倍」を早期に達成しようという目標を掲げていますが、それは単体決算における話ではなく、海外法人やグループ会社も含めた話です。そのとき、文化づくりや制度運用の改善など、テコ入れしなければならないことが山ほどあります。単体経営からグループ連結経営に力点の置き方を変えることが課題です。既存のやり方をアンラーニングし、デジタルで可視化や効率化をさせることで、経営戦略でうたっている「Next Stage」の布石としたいと思っています。 (2024年5月29日取材)
プロフィール
河西 敏章さん(双日株式会社 常務執行役員 人事担当本部長) 善家 正寛さん(双日株式会社 人事部 デジタルHR推進室 室長) 合田 紗希さん(双日株式会社 人事部 デジタルHR推進室)