株価の低迷と人的資本情報開示の関係性 双日に学ぶ人材データの可視化と発信
人的資本経営の推進力になる、非財務指標の動的KPI
――HR領域では、定性的な情報の可視化が課題となっています。貴社では、人的資本の可視化をどのように進めていますか。 善家:当社では、2020年前後から非財務情報を開示することの重要性に関する議論があり、2021年4月のデジタルHR推進室発足とともに私は当時の室長の命を受け、データを起点とする人材戦略策定を始めました。 ――デジタルHR推進室はどのようなメンバーで構成されているのですか。 善家:データの重要性に共感してくれるメンバーを集め、チームを組成しました。ただ、デジタルへの関心はあっても、実践的なスキルはありませんでしたので、全員で外部セミナーに出席したり、新しいツールの勉強会を開いたりして、データ分析について一から学びました。 ――デジタルHR推進室が発足した後、どのような壁に直面しましたか。 善家:最初の壁はKPIの策定です。財務指標には一般的なKPIがありますが、人材をはじめとする非財務指標はありませんでした。自分たちでKPIを考え出す必要があったわけですが、KPIは会社を変えるための指標です。どのようなアプローチで競争力のある会社に変えていくのかという課題設定がないと、KPIは設定できません。そこで、経営をはじめ、さまざまな部署と議論を重ねて、最終的に六つの人材KPIを掲げました。いずれも2030年までに「事業や人材を創造し続ける総合商社」になるために、多様性と自律性を備える「個」の集団と、社員を支える職場環境を実現することにつながるKPIだと考えています。 *1 双日単体の女性総合職のうち、国内外の出向・駐在・トレーニー経験のある従業員の割合 40%の目標を1年で前倒し達成。23年度に目標を上方修正 *2 双日単体の、育児・介護休業法に基づく育児休業及び当社独自の育児目的休暇制度を対象とした取得人数の割合 参照:https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/sojitz-doc/pdf/jp/ir/reports/annual/ar2023j_esg_s.pdf 河西:双日では外部環境や人事施策の進捗状況の変化に応じて見直しができるよう柔軟性を持たせた動的KPIとしています。過去データのない中での挑戦であり、毎年経過を見ながら、そのときの組織の状況や進捗を踏まえて目標値を設定し直します。通過点で仮説が検証され、方向性が良ければ目標を維持し、仮説が間違っていたら、違うKPIに置き換える。数値の統計的な正しさより、アジャイルであることが重要だと考えたのです。 ――女性活躍の文脈では「女性社員の出向経験」をKPIに設定されています。どのような意図があるのでしょうか。 合田:エンゲージメントサーベイの結果、女性社員は30代に入ると海外勤務に対するモチベーションが下がる傾向にあることがわかりました。その時期に結婚や出産などのライフイベントが重なることが要因として考えられます。例えば海外拠点へ出向するチャンスが巡ってきても、機会を逸してしまうことが多かったのです。 そこで、初めての海外赴任を経験する時期を前倒しすることで、その後、働き方が制限されても、エンゲージメントが下がりにくくなるのではないかという仮説のもと、「キャリアの早回し」施策を始めました。結果を評価できるのはまだ先ではありますが、女性の海外・国内出向経験割合は40%の目標値を1年前倒しで達成し、2023年度のKPIは50%に上方修正しています。 ――女性の管理職比率を上げる際、出向経験がどのように関わってくるのでしょうか。 合田:商社でキャリアを築くうえで、出向経験は重要な位置付けにあります。当社では管理職に登用する際、評価が同等ならば、海外やグループ会社での勤務(出向)経験者を優先する傾向があります。それにより、結果的に男性が昇進する割合が高くなっていたのです。 出向経験が管理職登用の際に重視されるのは、本社では得られない経験をしてきているからです。出向を経験することで、ビジネスの現場を肌で感じられます。私自身も昨年までベトナムの合弁会社に赴任していましたが、視野が広がり、高い視座で仕事ができるようになりました。視野と視座はマネジメントにおいても重要なのは言うまでもありません。 善家:普段から合田の話を聞いていると、出向がいい経験だったことが伝わってきます。ベトナムではどのような会議をしているのか、取引先がどのような気持ちなのか、出資比率でどのような力関係が生まれるのか。そのあたりは本社にいてはわかりません。ビジネス現場の解像度が上がることで、何か困難が起きたときは戦略づくりに生かせますし、適切な意思決定につながります。