紙幣に肖像が使われている理由とは...人選の基準は「髭が生えている人物」だった?
平成に入ってからは科学者と女性も
2000年代になると、紙幣の肖像の人選に、また大きな変化が生まれた。戦後、紙幣の肖像に選ばれるのは政治家と文系の人物に偏っていた。だが、平成16年(2004)に発行された千円札(E千円券)では、その反省からか、初めて理系の科学者が採用されたのだ。 選ばれたのは、明治後期から昭和初期にかけて、黄熱病や梅毒の研究を行なった医師で細菌学者の野口英世である。今年発行される新千円札で採用された北里柴三郎も、科学者をもっと取り上げていこうという、この流れの延長線上にあるのだろう。余談だが、北里と野口は師弟関係にある。 また、同じく平成16年に発行された五千円札(E五千円券)では、日本銀行の発行する紙幣としては初の女性である、明治時代の小説家の樋口一葉が選ばれた。女性が採用されたのは、昭和60年(1985)に男女雇用機会均等法が制定されて以降、女性の社会進出が進んだことが背景にあるとされている。 もっとも、日本銀行の発行する紙幣では樋口一葉が初の女性だが、それ以前に日本の紙幣で女性の肖像が採用されたことがある。明治新政府成立後しばらくのあいだ、日本銀行ではなく、政府が直接発行する政府紙幣というものが存在していた。その政府紙幣のうち、明治14年(1881)に発行された一円札に、古代日本の伝説的な皇后である神功皇后の肖像が印刷されているのだ。しかも、この一円札は日本初の肖像の入った紙幣でもあった。 つまり、最初に紙幣の肖像に選ばれたのは女性だったのである。神功皇后は、日本に初めて貨幣の存在を広めた人物とも言われている。そういう意味では、紙幣の肖像として、これほど相応しい人選はないかもしれない。 * * * 日本銀行が発行する紙幣に印刷された肖像としては、現行紙幣も含めて、これまで16人が採用されてきた。130年以上の歴史を考えると、少ないようにも感じるが、肖像の選定は意外と難しい作業だ。国民の多くに受け入れられる人物でなければいけないし、認識しやすい個性的な顔立ちをしていなければいけない。さらに、人物の歴史的評価は時代によって変わることもあるので、その判断も難しいところである。 現在、紙幣の肖像の選定は、財務省、日本銀行、国立印刷局の三者が協議し、最終的には財務大臣が決定することになっている。選定の明確な基準はないが、日本国民が世界に誇れる人物で、一般によく知られていることと、偽造防止のため、なるべく精密な人物像の写真や絵画を入手できる人物であることが、おおよその条件になっている。今後も、新紙幣発行が決まるたびに、関係者は頭を悩ませることになるのだろう。 【奈落一騎】 歴史、宗教、哲学、文芸などを対象に幅広く執筆。著書に『江戸川乱歩語辞典』『競馬語辞典』『門外漢の仏教』『スーパー名馬伝説』、グループSKIT名での共著に『元号でたどる日本史』などがある。
奈落一騎(文筆業)