紙幣に肖像が使われている理由とは...人選の基準は「髭が生えている人物」だった?
政治家から民間人へ
GHQの意向を受け、昭和21年に発行された一円札(A一円券)の肖像には二宮尊徳が選ばれた。江戸時代後期に農民の子として生まれ、その生涯を荒廃した農村の復興に費やした尊徳を、GHQが「日本の民主主義者」と高く評価していたことが採用の決め手になったという。 その後、1950~60年代に発行された紙幣には、戦前から引き継がれた聖徳太子を除き、日本の近代化に功績のあった明治時代以降の政治家が新たに選ばれることとなった。 昭和26年(1951)発行の五百円札(B五百円券)と五十円札(B五十円券)には、それぞれ岩倉具視と高橋是清が選ばれ、昭和28年(1953)発行の百円札(B百円券)には板垣退助が、昭和38年(1963)発行の千円札(C千円券)には伊藤博文が採用されたのである。 岩倉具視は明治維新の中心人物の一人で、維新後は欧米に渡って西洋の政治や文化を学び、日本に導入した人物だ。 高橋是清は明治時代から昭和初期にかけて日本銀行総裁や大蔵大臣、総理大臣などを歴任し、最後は二・二六事件で暗殺された人物である。 板垣退助は明治時代の自由民権運動の指導者、伊藤博文は初代内閣総理大臣であると同時に、日本初の近代憲法である大日本帝国憲法の制定において、大きな役割を果たしたことでも知られている。 ところで、一円札の二宮尊徳や五百円札の岩倉具視の肖像には髭がないが、これは、当時としては珍しい(終戦直後の短期間だけ流通した千円札の日本武尊にも髭はないが)。髭のない肖像画は描線が単純になってしまうため、印刷技術が未熟だった時代は、偽造防止の観点から避けられがちだったのだ。 今年発行される新一万円札の渋沢栄一も、戦後すぐに紙幣の肖像画候補として挙がったことがあったが、「髭がない」という理由で、そのときは見送られたという経緯がある。しかし、印刷技術が向上するにつれ、こうした制約は次第に消えていった。 やがて、1980年代に入ると、紙幣の肖像は政治家ではなく、おもに明治時代に活躍した民間の文化人が選ばれるようになっていく。昭和59年(1984)に3種類の新紙幣が発行されたが、千円札(D千円券)には文豪の夏目漱石が、五千円札(D五千円券)には思想家で教育者の新渡戸稲造が、一万円札(D一万円券)には思想家で教育者の福澤諭吉が選ばれたのである。