ロータリーエンジンの栄枯盛衰 名車・珍車36選 前編 メーカー各社の挑戦
NSU Ro 80
コスモスポーツが市場投入された数か月後、NSUは世界で初めて “2台目” のロータリー車を生産するメーカーとなった。Ro80は、たとえ従来型エンジンを積んでいたとしても、そのルックス、空力効率、全輪ディスクブレーキと独立サスペンション、握ることでクラッチ操作できるシフトノブなど、1967年当時の乗用車としてはすべてが常軌を逸していた。 ロータリーエンジンも当初は注目されたが、1973年の世界的な石油危機と有害な排気ガスに対する意識の高まりにより、存在感は大きく低下した。初期の信頼性の低さも追い打ちをかけることになった。信頼性の問題はすぐに解決されたが、Ro80の評判が回復することはなかった。最終的に、NSUはフォルクスワーゲンに二束三文で買収された。
マツダ・ファミリア・ロータリークーペ/R100
コスモスポーツが大量に売れる見込みはなかったため、マツダはよりオーソドックスなモデルを導入する必要があると考えた。1967年にピストンエンジンを搭載して登場した2代目ファミリアにロータリーを追加し、1968年に投入したのだ。 日本以外ではあまり知られていなかったが、1970年6月からマツダが初めて北米に輸出したクルマだったこともあり、ファミリア・ロータリークーペ(海外ではR100と呼ばれる)の知名度は世界的に高まることになった。
マツダ・ルーチェ・ロータリークーペR130
「ルーチェ」という名は、1966年から1991年まで生産された、ピストンエンジンとロータリーエンジンを搭載する複数のクルマに与えられている。1969年に発売されたルーチェ・ロータリークーペ(輸出名:R130)は、その中でも異端児だった。 ベルトーネがデザインした美しいクーペボディに、ロータリーエンジンを搭載する同社初の前輪駆動車である。後述のMX-30 eスカイアクティブR-EVが登場するまで、このようなレイアウトを採用するのはマツダのロータリー車の中でルーチェ・ロータリークーペが唯一であった。
シトロエンM35
アミから派生したM35は、ユーリエ(Heuliez)製のドラマチックなファストバックボディに、シトロエンとNSUの合弁会社コモトール製のシングルローターエンジンを搭載した。一般に販売されることはなかったが、1969年から1971年にかけてテストとして数百台がシトロエンの既存顧客に配られた。 ボディにはステッカーが貼られるなどしてテスト中であることがアピールされた。テスト終了後、M35はシトロエンに返却されたが、一部は野に放たれ、個人の手に渡っている。