【追悼】ハーブ研究家・ベニシアさんが人生と遺した言葉たち――人生に嵐が訪れたときは
再婚、家族とようやく長年の夢を叶えるも…
私には緑に囲まれて暮らす、という夢がありました。幼少期、母が3度目に結婚した継父にガーデニングの楽しさを教えてもらいました。あのとき覚えた緑のにおいと土の温かな感触。いつしか庭は私の安息の地になっていたのです。 私の長年の夢を叶えられる家を求めて100件近く回り、やっと見つけたのが今の家です。築100年ですっごくボロだったけれど、私には夢の家。正と少しずつ手を加えて、庭にはハーブと里山の草花を植えて。大好きなハーブの研究に夢中になっていきました。 でも、幸せはずっと続くものではないですね。次女・ジュリーが24歳でシングルのまま出産した直後に統合失調症(※)を発症したのです。あまりに突然のことで、私は打ちひしがれました。ジュリーは病気によってすっかり変わってしまい、大きな声を出したり、偉そうな態度をとったり。 変わったのはジュリーだけではありません。母として娘の面倒をみたい私と「放っておけばいい」と言う正。私たちの関係にも、ぎくしゃくしたものが生まれてきたのです。
離婚、病気、事故……一難去ってまた一難
そしてついに正が家を出ていきました。ほかに好きな人ができたのです。正の中でも相当なジレンマがあったとは思います。 でも、私たちの間の息子のこと、ジュリーのこと、まだ幼い孫のこと、すべてを私一人で受け止めるなんて到底無理。「帰ってきて」。心から祈り続けました。すると、彼から「戻る」と電話がかかってきたんです。 山小屋にいて、「俺は何をしているんやろ?」って思ったんですって(笑)。「幸せな暮らしを取り戻せる」。あのときは本当にうれしかったです。でも一難去ってまた一難。2007年、今度は正がロッククライミング中に滑落事故に遭ったのです。 離婚、病気、事故……。私の人生はなぜ思いがけない出来事ばかりなの、とも思います。でも誰かのせいにしてもしかたない。これはもう受け入れるしかないんですよね。 「人生は嵐が過ぎ去るのを待つのではなく、雨の中で踊るのを学ぶこと」。これは私が大切にしている言葉です。普通は「嵐よ、早く終われ」と思うでしょう。それでは待っている時間がつらいだけ。 私は、雨の中でも踊ることにしているんですよ。泣きたくても、踊れば幸せをキープできる。せっかくの人生、くよくよしていてはもったいないから。