なぜWBO世界王者の木村翔は魂揺れる激闘をTKOで制してV1に成功したか
ボクシングのトリプル世界戦が31日、大田区総合体育館で行われ、WBO世界フライ級タイトルマッチは王者の木村翔(29、青木)が、壮絶な激闘の末、同級1位で元WBC同級王者の五十嵐俊幸(33、帝拳)を9ラウンド2分34秒TKOで下し初防衛に成功。また注目の統一戦では、WBA世界ライトフライ級王者の田口良一(31、ワタナベ)がIBF同級王者のミラン・メリンド(29、フィリピン)を3―0の判定で破りV7を達成すると同時に国内3人目の統一王者となった。 IBF世界ミニマム級王者の京口紘人(24、ワタナベ)もアグレッシブなボクシングで同級3位のカルロス・ブイトラゴ(26、ニカラグア)を8ラウンド2分28秒、TKOで下してV1に成功している。本稿では「最も面白くなる」と予告していた木村ー五十嵐戦の試合レポートを掲載する。
ゴングの4時間前に木村は花道を歩いていた。 竹原ピストルの「Forever Young」の入場曲が流れる。通常、リハーサルに本人が登場することはありえないが、木村は「イメージできると違うから」と、本番さながらの入場リハーサルをやった。 大晦日の大舞台どころか、敵地の上海で中国の英雄、ゾウ・シミンからベルトを奪ってきた木村にとって国内で初の世界戦。「緊張したことがない」というバンカラだが、さすがに不安要素はひとつでも消しておきたかったのだろう。対する元世界王者の五十嵐は「負けたら引退」を公言してリングに立つ。その覚悟のほどはサウスポーに対する苦手意識に重なって巨大化していても不思議ではなかった。 空振り上等のフルスイング。 木村は、己の生き様を貫いた。 緊迫感の漂うファーストラウンド。五十嵐は軽やかなステップを踏み右へサークリング。追いながら木村は左右のパンチをぶんぶん振り回すが、ステップバックで外され空を切る。五十嵐のテクニックと木村の豪快なパンチ。この試合の縮図が見えた。木村は一発もクリーンヒットを当てることができずラウンドを終える。 「五十嵐の技術の前では空振りすることは気にならない。そのうち当たると思っていた」 空振りのパンチは、ヒットするパンチに比べて倍疲れると言われる。リズムも作れない。 だが、木村は、おかまいなしだった。 「苦手意識はあったが、いざ、向かい合ったときにやり辛さはなかった」 10発空振りしようが1発当たればいい。 対サウスポーに対する秘策もあった。 「左手を前に出して距離をつかみながら右を打つ。カオサイ・ギャラクシーがそれを使って勝ちまくった」 WBA世界スーパーフライ級王座を19度防衛したタイの伝説の王者、カオサイ・ギャラクシーのテクニックを映像で学び、2週間にわたるタイ合宿の中に反復した。前に出ながら五十嵐のリードパンチを伸ばした左手でパーリングのように払いながら、インサイドに入って右を打つ。 しかも、右は、数種類あった。ジャブにかぶせる右、ノーモーションの突き出すような右、オーバーハンドの右、肘に角度をつけた右……。荒っぽいブンブン丸に見えるが、実のところ綿密なテクがあった。 「いろんな右を使わないと当たらない。でもちょっと大きすぎたかも」 乱暴に振り回す木村のパンチが1発2発と当たり始めた。3ラウンドにパンチで左目上をカットさせた。 手数と前へ出る迫力。 五十嵐もペースを奪われているのがわかっていた。