なぜWBO世界王者の木村翔は魂揺れる激闘をTKOで制してV1に成功したか
「いろんなことを試したけれど、変えることができなかった」 元アテネ五輪代表ボクサーは6ラウンドにガードを固め頭をつけての打ち合いに挑む。 「ああいう展開は、こっちには楽」 木村はボディに横殴りのパンチを集めた。 五十嵐はインファイトに転じた代償に今度はバッティングで右目上を切った。 7ラウンドには木村も右目の上を切られ、一瞬、目が見えなくなったのか、手が止まった。 場内に五十嵐コールと木村コールが交錯した。 試合が大きく動いたのは8ラウンドだった。豪快に前に出続ける木村の左フックがついにあごをとらえた。グラっとした五十嵐がゆらゆらと下がった。木村はラッシュを仕掛けるが、止めまでは刺せない。 そのインターバルで有吉会長が言う。 「レフェリーが止めるまで殴り続けろ!心を折って来い!」 スイッチが入った。木村のワンツーが2発。五十嵐が再び耐え切れず後退。扇風機のようにパンチを浴びせながらコーナーまで追い詰める。五十嵐は、何度も頭をのけぞらせた。戦意を喪失したことを認めたレフェリーが手を振りながら間に割って入った。五十嵐は最後まで立ったままだった。それがプロアマを通じて一度もダウンのない男のせめてものプライドだった。 「ウオー!」 木村はコーナーに駆け上がって叫んだ。 「力を試される試合だった。五十嵐選手は、根性の強い選手でした。勝ててほっとしている」 凄い試合だった。魂と魂がぶつかり合う音がリングサイドに響くような試合だった。 「一発打たれたら2発、2発打たれたら3発。昭和のボクシングしか僕にはできませんから」 ドーピングの小水が長らく出なかった木村は30分以上過ぎて控え室に帰ってきた。 敗者は、木村の意思の強さを称えた。 「体の強さよりなにより意思の強さを感じた。ペースをとられているのがわかった」 かつて五十嵐と拳をまじえ、スパーで木村の相手をしたこともある元3階級王者の八重樫東(大橋)が放送席にいた。彼の戦前予想は「経験とさばきで五十嵐」だったが、木村は、その激闘王の予想を覆した。 「勝因は木村選手のパワーとスタミナ。サウスポーへの入り方はあれで正解だったと思う。それにしても面白い選手。同じタイプの比嘉大吾(WBC世界フライ級王者)とやれば面白いんじゃないですか」