高橋留美子とジェンダー。希代の漫画家が描き続けた“境界の揺らぎ”とは
時代とともに変容する愛のかたち
蛇骨は誕生の経緯もデザインも「女」が軸になっている。「男女の恋愛」の変奏として描かれた同性愛者とも読めるだろう。 しかし『境界のRINNE』(2009~2018年連載)では、ついに「男の姿のまま男を好き」なキャラクターが現れる。主人公・六道りんねの幼なじみ、沫悟(まつご)だ。努力で容姿や頭脳を磨き上げたイケメンで、同級生の美少女・杏珠(あんじゅ)に思いを寄せられているものの、まったく意に介さない。ひたすら「りんねひと筋」なのである。 「(りんねを)やっぱり好きだーっ!」と吐露するシーンもあるが、沫悟本人はあくまでその思いを「友情」と言い張り、周囲に「愛だろ」と突っ込まれる。望んだ夢を見られる世界では、りんねと共にタキシード姿で花畑をスキップし、「教会で永遠の友情を誓おう!」と高らかに叫ぶ。 かつて自分を救ってくれた幼なじみと再会する、という少女漫画のような「男女の古典的ロマンス」と、男性同士の親密な友情「ブロマンス」のはざまを行き来しながら、沫悟とりんねはドタバタ劇を繰り広げる。
令和の時代の越境者とは
昭和から平成末期にかけて、〈るーみっくわーるど〉の“性の揺らぎ”は少しずつ変化を遂げてきた。いずれの作品でも、“性の越境者”たちは「己のなりたい姿」「望む関係」をつかむべく、固定観念をエネルギッシュに飛び越えている。世間の常識ではなく「自分」を主軸として好き勝手に暴れ回るその姿は、爛漫(らんまん)たるエネルギーをたたえている。 一方、彼らが「ギャグ要員」「アブノーマルな存在(変態)」として扱われている点には留意すべきだろう。『うる星』にしろ『らんま』にしろ、すべては過ぎ去った時代の価値観に基づいて描かれている。『らんま』の新作アニメが、35年の時を経て、どんなアップデートを見せてくれるのか今後も注目したい。 現在、高橋留美子は「週刊少年サンデー」で『MAO』を連載中。46年にわたって少年漫画の第一線を走り続けている“進化をやめない”作家だ。令和の世にふさわしい、“誰からも笑われない”性の越境者を高橋ならどう描くのか。ファンの期待も凝り固まったジェンダー観も、軽々と“超越”してくれる日を楽しみに待ちたい。
【Profile】
埴岡 ゆり HANIOKA Yuri フリーの編集者、ライター。早稲田大学卒。『週刊文春』でグルメや旅行、マンガのほか、「女性落語家」「女子相撲」「女性マジシャン」など女性の活躍にフォーカスしたグラビア記事を担当。『別冊・文藝春秋』では文芸作品の著者インタビューを執筆。