高橋留美子とジェンダー。希代の漫画家が描き続けた“境界の揺らぎ”とは
『うる星』でもっとも「正統派のイケメン(ただし女性)」として誕生した竜之介は、女子からモテまくる。終盤に現れる許婚・潮渡渚(しおわたり・なぎさ)もたおやかな美少女……と見せかけて、しっかりとした胸板を持つ男性だ。いちずで可憐、愛する人との家庭を夢見ており、包容力も抜群と、まさに“昭和の理想的女性像”なのだが、竜之介と同じく「性別」を反転させることで「男らしさ/女らしさ」という固定観念をすり抜けている。 そもそも『うる星』のメインヒロイン・ラムが「インベーダー(侵略者)」であるように、高橋の作品群=〈るーみっくわーるど〉は、“越境”が重大なテーマのひとつとなっている(1978年発表のデビュー作『勝手なやつら』でも半魚人や宇宙人が活躍)。こと竜之介の登場以降、繰り返し描かれているのが「性の越境=揺らぎ」だ。しかもその表現は、作品を追うごとに、つまり時代に応じて、少しずつ変容しているのである。
性の分断の先にある創作意欲
「(『らんま1/2』について)ジェンダーフリーっていうんですか、男から女へ、女から男へ、みたいのですね。そういうネタはやっぱりすごくやってみたかった」(『るーみっくわーるど35 ALL STAR』高橋留美子インタビューより) 性を超越する竜之介は、『うる星』のネタ切れに苦しんでいた高橋に「新しいエネルギーを持ってきてくれた」という。「ジェンダーが曖昧で、それも描いていて楽しかった」という実感は、高橋の創作意欲をさらに掻(か)き立てていく(『ダ・ヴィンチ 特集・高橋留美子』より)。
そうして生まれた『らんま1/2』には、竜之介・渚の系譜を継いだとも読めるキャラクターが登場するが、“性の揺らぎ”はより自由に、闊達(かったつ)になっていく。主人公の乱馬は、当初こそ「命は捨てても…男を捨てる気はなかったわい、ぼけーっ!!」「女の服なんか絶対着ねーぞ」と、“自分は男であり、女らしいまねはしない”とかたくなに主張していたが、次第に「勝負のためなら女装も辞さない」スタンスに変わっていく。 「女らんまは、あっけらかんとして、服がはだけてもかまわずにバトルに勝つほうを優先するようなキャラにしました。しかも敵によっては『女』を武器にするというしたたかさもあるという(笑)」(『漫画家本vol.14 高橋留美子本』より)