高橋留美子とジェンダー。希代の漫画家が描き続けた“境界の揺らぎ”とは
そう高橋が語る通り、女らんまは「勝つ」ためなら、そして「男らしく」なれるのなら、バニーガールにもランジェリー姿にもなる。胸だってバンバンはだける。「マトモな男に戻れるんだ。そのためならば…どんなかわいい女でも演じてみせるわっ」とフリフリのワンピースで男とのデートに臨む一幕など、アンビバレントの極みである。 男を目指せば目指すほど、乱馬は女になっていく。そして女っぷりを如何なく発揮している時ほど、らんまのマインドは雄々しい。「男らしさ/女らしさ」という分断は、乱馬の気ままな行き来によって、「男らしさ=女らしさ」という等式へと移り変わっていく。
るーみっくわーるどに初登場した同性愛者
2000年以降、〈るーみっくわーるど〉における「性の揺らぎ」は、キャラクター個人にとどまらず“関係性”へと波及していく。96年まで連載された『らんま1/2』の時点では、乱馬を筆頭に「女を捨て」た男装女子の久遠寺右京、その右京に懸想(けそう)する女装男子など「ジェンダーが曖昧」な人物が複数登場するものの、総じて“異性愛者”だった。『うる星』の渚もまたしかり。「同性愛者かと思いきや、実は違いました」とするパターンが常だったのだ。84年の発言ではあるが、高橋自身が「基本は男女交際ですから。とにかく男と女のという要素だけは絶対に外せない」と語っている(『語り尽くせ熱愛時代』より)。 終盤、乱馬がライバル・響良牙(ひびき・りょうが)に「恋の釣り竿」なるアイテムによって熱烈にほれ込む回があるが、あくまで一時的かつギャグの範疇(はんちゅう)を出ない。男を好きな男、女を好きな女は基本的に登場しないのだ。 その暗黙の了解を初めて破ったのが、『犬夜叉』(1996~2008年連載)の敵キャラ・蛇骨(じゃこつ)だ。髪にはかんざし、唇には紅を引き、女ものの着物を纏(まと)った男性である。竜之介が「イケメン」を女性にスライドさせて生まれたのとは対照的に、蛇骨はもともと女性として構想された(なお、アニメ版の声優は女性である折笠愛が担当)。「(主人公の)犬夜叉が女の人と殺し合うのは、何か違うんじゃないか」と高橋が疑問を覚えたことから、男性に変更されたのである。 そんな彼について、高橋は「男子が好きな男子キャラを描くのは初めて」と明言している(Xアカウント「高橋留美子情報」より)。犬夜叉との出合い頭、「かっ…かわいーっ‼」と目を輝かせる姿は乙女そのもので、その直後にむき出す残虐性をより際立たせている。