米軍に入隊した日本男児サイトウ曹長が体験した"戦場の真上の恐怖"「基地に帰って、ヘリの機体を見たら『穴が開いてるじゃん!』って」
「血液型がわからないので輸血はできません。ドラマみたいに心電図を測ったりもありません、戦場ですから。だから自分らの目と耳で呼吸していることを確認し続けます」 しかも、ヘリに乗ったとはいえ安全ではない。戦場の真上を飛ぶヘリは相手にとって格好のターゲットだ。 「乗っていたら『カンッカンッ』と、鉄を叩くような音がするんです。基地に帰ってから、機体を見てみたら『穴が開いてるじゃん!』って。ヘリは防弾じゃないですから。プラスチックと薄っぺらな鉄なので、弾が貫通するから怖かったですよ。 あと、夜に低空飛行しているときに下でたき火とかしていると、それに反応して自動的にチャフ(敵レーダーミサイルの捜索レーダー波を混乱させるためにばらまく金属片)とか、フレア(敵ヒートミサイルが、ヘリの熱源を探知して、飛来するのを混乱させるために、おとりとして発射される火の玉)がバーッと出るのも怖かったですね」 イラクの武装勢力はRPG7ロケット砲や携帯式地対空ミサイル・スティンガーのような兵器も持っていた。ヘリはまさに空飛ぶ標的だ。サイトウ伍長はそんな恐怖をどう克服したのか。 「仲間がいたから......っていうのはきれい事だな。ずっと怖かったです。生きているのは運が良かっただけですよ。運が良かっただけ」 そして機体は基地へと向かう。フライトメディックの仕事は、負傷兵を基地の病院に届けるまで死なせないことだ。 「負傷兵に『死なねえから、大丈夫だ』とか『今度、飲みに行こうぜ』って話しかけ続けました。そしたら向こうは痛くて仕方ないはずなのに笑ってくれるんですよ」 CH46が基地に戻ると、負傷兵は救急車に乗せられて、基地内病院に搬送されて本格的な治療を受ける。 基地に戻ったフライトメディックは、機内の血だまりや吐瀉(としゃ)物をきれいに片づけて、使った医療用品を補充し、次の任務に備えて待機に入る。 前線で戦闘が起きればまた負傷者が出る。フライトメディックを乗せたCH46は再び飛び上がる。激戦は続いていた。 第3回「イラク戦争後編」に続く――。 取材・文/小峯隆生