VRを通じた実験の新たな可能性 宇宙での食事がまずく感じられる理由を示唆
■宇宙を体験するVR中で嗅覚の変化があることが判明
Loke氏らの研究チームは、「VR(バーチャル・リアリティ)」が宇宙における実験の代替となるのではないかと考え、研究を行いました。過去に行われた別の研究によれば、VRはMR(複合現実)や没入型デジタル環境と比べて没入感が高く、より “リアル” に感じるという結果があります。その一方でVRは、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を装着する必要があるため、現実に存在する物体との相互作用が制限されます。例えば、VRを体験しながら食事の味を評価するという実験は困難です。 そこでLoke氏らは、食品の風味を測る代わりに、VRを体験中の嗅覚が、通常時と比べて変化するのかを調査しました。実験では、被験者が目を完全に覆うHMDを装着し、ISSの環境を再現したVRを見せ、疑似的なミッションの最中に匂いを嗅がせ、感じた強さを評価する形式で行われました。 被験者が体験したVRは、ISS内の狭く閉鎖的な構造と、内部で聞こえる騒音が再現され、また、無重力状態であることを示すために浮遊物がいくつか置かれています。被験者がこのVRを体験中に、研究者は匂いを染み込ませた木綿を被験者の顎の高さに置きます。被験者はこの時に感じる匂いの強さを、VR上に表示したアンケートを通じて評価します。先入観によって匂いの評価に影響が生じないよう、様々な種類の匂いをランダムな順番で嗅がせたほか、最終的な評価に使用するバニラ、アーモンド、レモンの匂いに加え、無関係な臭いであるローズマリー、ワサビ、ハチミツなども用意されました。 54人の被験者(※1)による実験を行ったところ、興味深い結果が得られました。被験者は、ISSの環境に置かれていた時に、バニラやアーモンドの匂いを通常よりも強く感じたことを報告しました。一方で同じく評価に加えられていたレモンについては、通常時と大きな変化は見つかりませんでした。バニラとアーモンドの匂いに共通する分子としてベンズアルデヒドが含まれているため、この匂い成分に敏感となった可能性があります。 ※1…内訳は男性31人・女性23人、年齢は24.5±3.9歳です。個人差を見るための行動研究においては、被験者の数は30人いれば十分であるとされています。 またほとんどの被験者は、ISSの体験をしている際にある程度の孤独感を報告しました。これは興味深い結果を暗示します。というのは、クリーンルームで長期間作業を行っている人や、南極で調査を行っている研究員に対する研究では、嗅覚の低下が報告されているためです。今回の研究と過去の研究で調査された人々には、全て孤独感というキーワードが共通しています。確かに、今回の研究は特定の匂いに敏感になるという、過去の研究とは真逆の結果が得られています。しかし、香りは食品の風味に影響を与える要素である以上、嗅覚の変化によって食事をまずく感じるという点で同じ結論が得られる可能性があります。