VRを通じた実験の新たな可能性 宇宙での食事がまずく感じられる理由を示唆
宇宙飛行士はしばしば、宇宙では食事がまずく感じることを報告します。食事は栄養補給やストレス解消など、心身の健康を保つために重要であるだけに、これは軽視できない問題です。しかし宇宙で実験を行うことの難しさから、これまで研究が難しい領域でした。 ロイヤルメルボルン工科大学のGrace Loke氏などの研究チームは、「VR(バーチャル・リアリティ)」は宇宙の環境を十分に再現できるのではないかと考え、実験を行いました。すると、国際宇宙ステーション(ISS)のVRを体験している被験者は、通常時と比べてバニラやアーモンドの匂いに敏感になることが判明しました。Loke氏らによれば、VRと通常時との比較で個人の嗅覚に変化が生じることを示したのは今回が初めてであり、宇宙の環境を再現する実験などで、VRが高度な実験装置の代わりになるかもしれないと、その可能性に言及しています。 また、今回を含めた複数の研究は、孤独感が食事をまずく感じさせている原因であることを示唆しています。Loke氏らは、今回の研究手法が宇宙だけでなく、老人ホームの入居者など、社会的に孤立している人々の栄養改善などにも応用されるのではないかと期待しています。
■宇宙での食事がまずい理由は未解明
私たちが毎日摂る食事は、栄養摂取という生存に必須な行為であるだけでなく、心身の健康を維持するために重要な行為でもあります。そして、例え同じメニューであっても、状況によって味の感じ方が異なることは多くの人が経験していることでしょう。例えば巡航高度を飛ぶ旅客機の中は、食事がまずく感じる傾向にあります。これは機内の空気が乾燥しており、地上と比べて気圧も低く、常に聞こえるエンジンの騒音によって味覚や嗅覚の機能が低下しているためであるという説が有力です。このため機内食は味付けを濃くすることや、スパイスなどの匂いの刺激を強めにする工夫が行われています。 では、さらに上空である宇宙にいる人々ではどうなのでしょうか? 興味深いことに、宇宙飛行士も地上と比べて食事がまずく感じることを訴えています。ただし、無数にいる旅客機の乗員乗客と比べ、宇宙飛行士はその数が少ないことから、はっきりとした原因は分かっていませんでした。 原因として良く言われる仮説は、無重力状態に置かれたことによる鼻詰まりです。人体にある様々な体液は、何もしなければ重力に引かれて落ちてしまいます。このため人体には、体内に重力に逆らって体液を移動させるポンプシステムがあります。しかし、重力と遠心力が釣り合う無重量環境では、このポンプシステムが逆効果となり、体液が上半身へ過剰に移動してしまいます。この時に宇宙飛行士は様々な症状を経験しますが、その1つが鼻腔に液体が溜まってしまう鼻詰まりです。鼻詰まりは匂いを感じにくくなるため、食事がまずく感じる理由だと考えるのは妥当と思えます。 このような体液のアンバランスは、個人差があるものの、数日から数週間で解消されます。解消された後の食事が美味しく感じるならばこの仮説は成立するかもしれませんが、実際にはこの期間を過ぎても、宇宙飛行士は相変わらず食事がまずいと報告しています。このため、鼻詰まりを原因とする仮説は誤っている可能性があります。 ただし、宇宙飛行士の数が少ないというサンプル数の不足や、宇宙の環境を再現した実験を行うことが困難であるという理由から、これらの仮説を検証することはこれまで困難でした。