元ホンダ技術者・浅木泰昭氏がシーズン前半を解説! F1パワーユニットのあり方に一石を投じたマクラーレンの躍進
■現在のF1はPUメーカーにとって持続可能ではない ――PUの開発に関しては、アルピーヌ(ルノー)の動向が大きな話題になっています。F1は2026年から新しいPUのレギュレーションが導入されますが、アルピーヌが新規格のPUの自社開発を断念し、ほかのメーカーからPUの供給を受けるといわれています。 浅木 アルピーヌがそういう決断をしようとしている理由について、私は痛いほどわかります。競争力のあるPUを開発・製造しようとしたら、膨大な施設と人材、予算が必要となるのですが、これまでのF1は、フェラーリを除いて自動車メーカー大手が自腹でPUを開発して供給するのが当然だと考えられてきました。だからPUを開発する自動車メーカーは予算の確保に苦しみ、撤退と参入を繰り返すのです。 F1は2030年に二酸化炭素の排出量を事実上ゼロにする、カーボンニュートラル化を目指すと発表していますが、その目標を達成するためには大手自動車メーカーの高い技術力が必要不可欠です。にもかかわらず、F1の世界ではいまだに「PUはマシンのパーツの一部」という考え方が続いています。 だからPUメーカーには分配金(賞金)が一切支払われません。その一方で、各チームにはランキングに応じてF1の運営会社から総額10億ドル(1500億円)を超えるといわれる分配金が支払われています。F1はPUの参入メーカーを増やしたいようですが、PUを開発・供給する自動車メーカーに分配金のシステムを設けない限り、ルノーのように開発をやめてしまったり、いずれはF1から撤退するメーカーも出てくると思います。 ――現在のF1はPUを開発する自動車メーカーにとって持続可能ではないということですね。 浅木 その通りです。今年のアルピーヌは成績が低迷していますが、他社のPUに比べて大きく遅れをとっているというほどではありません。PUでコンマ1秒か2秒ほどだと思います。ただ26年以降の新しいPU開発には技術的な難しさがあります。 新しいPUのレギュレーションでは100%カーボンニュートラル燃料にすることが義務付けられます。またMGU‐H(熱エネルギー回生システム)は廃止され、代わりに電動モーターの出力の割合が現在の20%から50%に大幅に引き上げられることになりました。高性能のバッテリーは、電気の出し入れの制御が非常に難しい。エンジンもカーボンニュートラル燃料の導入だけでなく、圧縮比の上限が18から16へと下げられるなどさまざまな変更がありますので、どのメーカーにとっても開発は一筋縄ではいきません。 アルピーヌは、エンジンと電動部分の両方の開発がうまくいっていない可能性があります。もっと予算が必要になり、会社の上層部に掛け合ってみたけれども、「それだったらPUの自社開発をやめて他社から供給してもらえ、マクラーレンを見てみろ」という話になっているかもしれません。 でもPUメーカーにも分配金があって、大きな持ち出しがなければ、撤退や自社開発をやめようという判断にもならないんです。そこはF1が変わらなければならないところだと思います。PUメーカーのあり方を今後どう位置付けるのか。その問題にマクラーレンの躍進は一石を投じているように私には見えます。 後編はこちらから ●浅木泰昭(あさき・やすあき) 1958年生まれ、広島県出身。1981年、本田技術研究所に入社。第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までパワーユニット開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得する。2023年春、ホンダを定年退職。現在は動画配信サービス「DAZN」でF1解説を務める。著書に『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)がある。 インタビュー・文/川原田 剛 写真/樋口 涼(浅木氏) 桜井淳雄(F1)