うつ病の再発率が60%といわれる根拠は? 「この薬で死亡率が3倍」といったセンセーショナルな表現や情報は誤りである可能性が高い理由
(2)再発の基準は?
再発の割合について調べる場合、いったん症状が改善した人の経過を追っていき、どこかの時点で再発の医学的基準を満たした人を「再発」とします。 再発かどうかの基準は、うつ病の医学的評価尺度の得点が一定の値を超えたときや、世界的な基準とされる『DSM』(アメリカ精神医学会発行『精神障害の診断と統計マニュアル』Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)のうつ病の診断基準を満たしたときなどです。 この基準をゆるくすると、再発者の割合は増加し、基準を重症のレベルにまで高くするとその割合は減少します。 先述のうつ病の再発率に関する論文では、その一般的な基準が使われているので、この点は問題ありません。医学論文として発表されている研究ではこの点をクリアしているケースが多いのですが、どういった基準を用いているかは重要なので、われわれは普段からチェックしています。 もしネットのニュースなどで個人の体験から「再発が増えています」とか、「悪化する人が増えています」などの表現を目にしたら、その「再発」や「悪化」の基準、あるいは定義は何なのかに注目し、可能であれば確認しましょう。
(3)「信頼区間」は?
仮に再発の割合が60%だとします。 (A)10人追跡して6人再発したから60%である (B)1000人追跡して600人再発したから60%である この2通りの計算式があった場合、結果の信頼性が高いのはどちらでしょうか。当然(2)の、追跡者数が多いほうが信頼性は高くなります。追跡者数が10人と小規模の場合、たまたま再発者がかたまって発生した、あるいは、たまたま再発者が含まれなかったというように、偶然の影響を受けやすくなります。 もし、世界中のうつ病の患者全員を追跡できたなら、真の再発者数を知ることが可能でしょう。しかし現実には不可能なので、研究では一部の人を選んで追跡調査を行います。このとき、実際に追跡調査をする集団のことを「標本集団」といい、その背後にあるうつ病患者全体の集団のことを「母集団」といいます。 母集団の結果については知り得ないため、標本集団から母集団の状態を推定するわけです。その信頼性の指標として、「信頼区間(CI:Confidence Interval)」というものを統計学的に計算します。 少し専門的になりますが、統計学的には「95%信頼区間」がよく用いられます。 これは、「100回同じことをくり返した場合、そのうち95回はどのくらいの範囲に入ってくるか」を推定したものです。後述しますが、求めるための計算式があります。 たとえば、(A)の10人規模の研究を100回くり返した場合、計算によると、95%信頼区間は31%~83%とかなり広くなります。このことは、10人中の再発者が3.1人から8.3人まで広い範囲の値をとることを意味し、60%(すなわち6人)とはかなり違う値になる可能性があります。 では、(B)の1000人規模の研究を100回くり返した場合はどうでしょうか。計算してみると、95%信頼区間は57%~63%と狭くなります。1000人中の再発者が570人から630人までの範囲に入り、60%(すなわち600人)に近くなりました。 小規模の研究から導かれる結果は偶然のばらつきが多く、信頼区間の幅が広くなります。一方、大規模の研究から導かれる信頼区間は狭くなります。信頼区間の幅が狭いということは、それだけ真実の値に近いことを意味します。 この信頼区間を求める計算は少し複雑ですが、「割合(比率)の信頼区間」などとネット上で検索すると、自動的に計算してくれるサイトがいくつも見つかりますので、興味のある方は試してみてください。