うつ病の再発率が60%といわれる根拠は? 「この薬で死亡率が3倍」といったセンセーショナルな表現や情報は誤りである可能性が高い理由
その数値は知りたいことを正確に表しているか
Aさんは、この論文を読んで、 「適正な維持治療により、再燃・再発率を20%まで抑え込むことができること、また、寛解から6カ月間が維持治療のもっとも重要な時期であることも理解ができて、前向きな気持ちになりました」と話します。 そして、その論文は権威あるジャーナルに掲載されていたこと、執筆者が日本人だということに驚き、わざわざ感謝のメールを加藤医師に送ってこられたのです。正確な情報を求めて英語論文を検索し、執筆者に問い合わせをされたAさんの真剣なお気持ちに敬意を表します。 このAさんとのやりとりの中で、一般の方がネットなどで医療情報に接するときに抱く疑問について、重要なポイントがいくつかあると痛感しました。 ネットで「うつ病」「再発率」と検索すると、実際に現在、厚生労働省(以下、厚労省)の公式サイトをはじめとして、さまざまな医療情報サイトで60%という数値がヒットします。 そのように具体的な数値を複数の情報で示されると、それがすべてであるようにとらえられがちです。その数値によっては、Aさんのように、せっかく治療をして回復したのに60%もの人が再発するのか……と目の前が真っ暗になることもあるでしょう。 実のところわれわれの研究では、前述のとおり、適切な維持治療により「うつ病の再発率」を6カ月間で20%にまで抑えることができるという結果になったのです。 医療情報に限りませんが、数値を解釈するうえで注意すべきポイントが3つあります。次にひとつずつ考えましょう。
(1)野球の「打率」は「打割合」と表現するのが正解
「率」と「割合」ということばについて、日常でその違いを意識することはほとんどないでしょう。英語では、率はrate、割合はproportionですが、英語でも混同して使われています。 しかし、この両者の意味は異なるため、医療情報の研究報告などでは明確に区別する必要があります。 まず、「割合とは、ある時点で全体の中のどれくらいを占めているか」を表します。一方、「率とは、一定期間内にどれくらい発生するか」を表すものです。 この違いを混乱させている代表例が、野球の「打率」です。打率とは単純に、ある時点での全打席中のヒットを打った数なので、本来は「打割合」と表現するべきです。 もし正確に「打率」を表そうとするなら、ある打者が「1試合で何本ヒットを打つか」、あるいは「10試合で何本ヒットを打つか」など、単位試合数を設定しないとなりません。しかし周知のように、打率にそんな指標はありません。 また、医療情報ではよく、「有病率」ということばを耳にします。これは「ある集団内でどれくらいの割合の人がその病気か」を表していて、これも正確には「有病割合」と表現するべきなのです。医学の講義などでは最近、正確な表現を用いようと、有病率ではなく有病割合と表現するようになっています。 一方、「発生率」「再発率」「罹患率」「離婚率」など、正確に「率」で表現するべき指標の場合、必ずどの時間単位で観察しているかを示す必要があります。 たとえば、ある集団の中で毎日1人ずつ発生する病気があったとします。この場合、1日単位でみるなら1人発生、1週間単位では7人発生、1カ月単位なら30人発生……というふうに、単位時間を長くすると発生する人数は増えていきます。 しかし当然ながら、これらはどれも同じことを意味しています。その点を察することが、情報の真意を読み取るポイントのひとつです。 そこで、うつ病の再発率は60%だと聞いた際、まず確認しないといけないのは、追跡した「期間は?」という情報です。うつ病が改善した後に、1日で60%が再発するのか?それとも1週間で60%が再発するのか?あるいは1年で?それとも5年で? 追跡期間がどのくらいかによって、再発のリスクの重大性は違ってきます。 うつ病の再発率が60%という情報について過去の研究論文を調べてみると、それは症状改善後5年を追跡した時点での数値であることがわかりました*3・4。 すなわち、うつ病が改善した後に、すぐに60%の人が再発するわけでは決してなく、5年間追跡すると60%になるという結果でした。 そしてこの研究を詳しく見ていくと、1年目に限ると再発率は21%~37%と報告されています。たしかに1年目はそれなりに高いですが、5年間の合計が60%になるということは、2年目以降の再発のリスクは下がることを意味します。 また、症状が改善してからの約半年間、抗うつ薬を継続することによって、再発率は約40%から20%に半減することがわかりました。 こうしたことから、うつ病の再発率について、決して悲観的になる必要はありません。うつ病が改善して間もない時期は再発に十分注意する必要がありますが、観察期間が長くなるにつれて、再発のリスクは徐々に低下していくと考えられるのです。