埼玉秩父の部品メーカーが「アプリ70超」内製開発、秘訣が「怖いお父さんはNG」の意味
アプリ開発の内製化:「3つの事例」を大公開
社員たちの手によって、業務改善に役立つさまざまなアプリが開発された。本稿では3点の開発事例を紹介しよう。 最初に取り組んだのは、製品検査を効率化する「検査アプリ」の開発である。松本興産では、月に400万個の製品を出荷しており、約70名の検査員がすべての製品を目視で検査している。以前は、検査結果を紙に記入し、それをExcelに入力し直すという非効率な作業が行われていた。 検査アプリを導入した成果について、松本氏は「作業時間が大幅に短縮し、約1,500万円の経費削減効果につながりました」と語る。社員からも「作業が非常に楽になった」という声が多く、この成功をきっかけに社内でのアプリ内製化の動きが広がっていった。 続いて特徴的なのが、金属加工用の刃物交換を効率化するアプリ開発だ。刃物の交換は定期的に行う必要があり、これまでは交換内容を紙に記録し、それを部長に報告、さらにExcelに入力していた。 「新しいアプリの導入により、交換結果はその場で端末に入力できるようになりました。リアルタイムで状況を把握できますし、Excelへの入力も不要になったことで、業務のスピードと効率は大幅に向上しました」(松本氏) 経理部門では「出張申請アプリ」を開発。それまでは外部のシステムを利用していたが、松本興産向けにアレンジした内製アプリに切り替えた。 「それによって、最終的には外部システムを解約しました。つまりは固定費を大幅に削減することができたのですが、これは業績改善にも大きな効果です」(松本氏) これらのアプリ開発によって生産性が向上し、業務の効率化や労働時間の短縮を実現。松本氏は「開発されたアプリは70以上に上り、約3万時間あった業務が1万時間以内に削減されました。さらには外部システムの解約などにより、4,190万円の経費削減を達成できました」と胸を張る。
DX推進の原動力は「心の充実」
松本興産によるDX推進が最初から順調に進んでいたわけではない。松本氏は「DXを始めた最初の1年は本当に苦労しました」と振り返る。当初、自ら率先してアプリの開発に取り組んだ松本氏だが、特に先述の検査アプリ開発は思うように進まず、難航することが多かったという。 「製品の不良データを扱う重要な作業をデジタル化することへの懸念もありました。社内では『無理してアプリにしなくてもいいのでは』という諦めの声も聞かれたほどです…。私自身、『社員たちに迷惑をかけたくない』という気持ちが強くなり、心が揺らぐこともありました」(松本氏) それでも粘り強く取り組みを続けた背景には、「このままではいつまでも紙の作業が続く」という危機感があったからだという。特に入社間もない若手社員が、数カ月前の検査表を懸命にパソコンへ入力している姿を見て、松本氏は「こんな非効率的な業務を続けさせていては、社員の成長につながらないし、心も満たされない」と強く感じたという。 松本氏は常に、社員の心理的安全性を確保し、ウェルビーイングを実現するための人材戦略を進めてきた。こうした社員の心の充実を願う想いが、DXを推し進める原動力になったのだろう。