建築士と絵画修復士の30代姉妹、谷崎潤一郎ら文豪が愛した料理旅館を継承…奈良「むさし野」
江戸時代発祥で、多くの文人らに愛された料理旅館「むさし野」(奈良市)に今年、30歳代の姉妹が取締役に就き、新たな一歩を踏み出した。それぞれの持ち味を生かし、文豪が過ごしたイチ推しの部屋を「奈良で一番若草山を楽しめる空間」に改装した。おもてなしをより重視したという2人は、「昔の人が培った歴史や文化を次の200年につなぐ存在になりたい」と意気込んでいる。(河部啓介)
「むさし野」は、春日大社や東大寺近くの若草山を望む場所に立地し、もともとは茶屋だったらしい。江戸時代の奈良奉行の日記には「むさし野」、谷崎潤一郎の小説「吉野葛」には「武蔵野」として登場するほか、田山花袋の紀行文でも「その旅館に泊つた朝の感じは忘れられない」などとつづられている。
館内には、幕末に活躍した幕臣・山岡鉄舟が酒代の代わりに書いたと伝わる「武蔵野楼」の書も掲げられている。
そんな老舗に今年6月、伊豆井晶子さん(39)、山下実穂さん(32)姉妹が取締役に就任。実穂さんは「若女将(わかおかみ)」も務める。2人とも、代々受け継がれてきた「むさし野」で生まれ育った。
姉の晶子さんは、大手ハウスメーカーで建築士免許を取得後、木造建築を深く学ぶため、大学院に進学。その後、両親を手伝うため「むさし野」に入った。
妹の実穂さんは、大学でイタリア史を専攻した。2018年にイタリアに渡り、絵画修復士として活動した後、21年に帰国。それから、2年間の「若女将修業」を積んだ。
実穂さんは、幼少期から女将の母親や仲居たちが「我が家のような安らぎと、我が家にはないおもてなし」を実現しようとする姿にあこがれ、旅館を継ぐことを心に決めていた。
イタリアでの体験を通じて、「過去から受け継がれたものを、後世に残すことの大切さを学んだ」という。晶子さんも「信頼できる妹となら、一緒に仕事ができる」と2人で旅館を支えていくと決断した。
コロナ禍が終息し、一時は9割近く減少した宿泊客は、回復の兆しがみえてきた。姉妹は手始めに、谷崎潤一郎が宿泊したという特別室「明日成(あすなろ)」の改装に着手。晶子さんは、培った知識と経験を生かして改修工事の設計と施工に携わった。