「100件以上の名義変更も苦痛でしたが…」長年、他者の過干渉に苦しめられてきた女性が選択的夫婦別姓の導入を訴える本当の理由
「ジェンダー平等なくして日本の未来はない」
中野区の区議会議員に陳情のアポイントを取ろうとした際、「代表がどこのだれかわからない団体の陳情は受けられない」と言われたことから、顔・名前出しで活動することを決意した井田さん。 もちろん家族や職場に相談し、了承を得ている。 「夫も子どもたちもやめろとは言いませんし、子どもたちはときどき陳情を手伝ってくれたりもするのですが、基本的には『なんでママがそこまで一生懸命になってるの?』というスタンス。 多くの人のように、『いつか誰かが変えてくれる』と思っているんです。でも、彼らの世代にまで望まない改姓を引き継がないことは、私の役目だと考えています。 やっぱり苦痛を当事者が語り、働きかけなければ、不平等は終わらないと思います」 2023年には「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」事務局を、誰もが息苦しさを感じずに自分らしく暮らせるジェンダー平等社会の実現を掲げ、一般社団法人「あすには」として法人化。 内閣府男女共同参画局の2024年6月発表のデータによれば、世界経済フォーラム(WEF)が発表した2024年のジェンダーギャップ指数は、日本は146か国中118位と先進国で最低だ。 「日本は女性差別撤廃条約(CEDAW)の批准国でありながら、選択的夫婦別姓が実現していないんです。日本はこのままだと“多様性を認めない国”として国際社会から白い目で見られることは避けられません。サステナビリティの流れから取り残されていくでしょう」 井田さんをはじめとする一般社団法人「あすには」は、2025年までの選択的夫婦別姓の法制化を目指している。
自分を正しく評価する
最後に、これまでの半生で最も辛かったとき、その辛さをどのようにして乗り越えたのかを聞いた。 「第二子出産後にうまく産後復帰ができず、子どもも病気になってしまい、ものすごく自分を責めました。 その後、フリーランスのライターとして働き始めたのですが、最初は全然仕事がなくて、あるときからすごくスムーズに回り始めたのですが、それは心療内科でのカウンセリングで、認知行動療法を受け始めた後からだと思っています」 30代半ばのとき、井田さんは身長155センチほどにも関わらず、30キロ台にまで体重が落ちた。 第二子出産後、2週間ほど布団から起き上がるのもやっとの状態が続く。入浴もできず、ひたすら自分を責め続ける。 「自分はいなくなった方がいい」「子どもと心中しよう」と思ったが、ギリギリのところで「やっぱりおかしいから病院に行きたい」と口にすることができた。 心療内科にかかると「産後うつ」と診断。投薬とカウンセリングでの治療が始まった。 カウンセリングでは、今まで満たされなかったことすべてと、それが誰のせいだと思っているかまでを全部紙に書き出した。 「これが一番効果があったように思います。成人する手前までは親のせいで、その後は上司だったりと、書き出していくうちに、私や親や上司やみんなが悩んでいるのは、社会の構造的な問題も大きいことに気付いたんです。 最近産後うつで亡くなる女性が増えていて心が痛むのですが、日本は男性の自殺率も高い。 死ぬ必要のない人たちが亡くなっている背景には、やっぱり女性だから男性だからと、割り当てられた性別役割分業意識を押し付けられることがすごく苦しいからだと思うんです。 自分の捉え方を変えることは、本当に自分を強くするのに役に立ちました」 カウンセリングによって井田さんは「私は今、死にたいと感じている」ということを自覚することができた。 5年後「死にたいと思っていますか?」と聞かれた時に、「いいえ、全く死にたいと思っていません」と笑顔で答えることができた。 井田さんは、認知行動療法を受けることによって、「自分の位置」が客観的にわかるようになったため、等身大の自分の姿が把握できるようになった。 おそらく井田さんは、「娘は」「長男の嫁は」「母親は」“こうあるべき”という他者の過干渉に苦しめられてきた生い立ちによって、低い自己評価に陥り、さらに苦悩してきたのだろう。 治療によって正しく自分を評価できるようになった井田さんは、自分に自信が持てるようになり、他人に左右されない強い主張ができるようになったのかもしれない。 筆者も社会に出て初めてジェンダーギャップを身をもって知り、結婚して姓を変えてその手続きの煩雑さに打ちのめされた女性の1人だ。 今後も井田さんの活躍を応援したい。 取材・文/旦木瑞穂
旦木瑞穂