「情動」に注目し、未来の体験価値を形にする、センスウエア・プロトタイピング
● 近未来の技術が生み出す五感体験を探る「センスウエア・プロトタイプ」 ――離れた場所の様子を実感させるセンスウエアの取り組みは、顧客の体験価値につながる活動にも思えます。 守屋 センスウエアは今、JVCケンウッドのグループ内に浸透し、近未来の顧客価値を生み出すアプローチとしてさまざまな場面で活用されるようになっています。音響や映像という言葉にしにくい感性領域や五感を通じた体験を提供するグループの事業となじみが深く、受け入れやすい側面があったかもしれません。 ――この取り組みに、デザイン会社として関わる意味はどういうものでしょうか。 守屋 デザイナーには、技術や製品ありきではなく、人がどう使い、どう感じるかを追求する姿勢が備わっています。だからこそ、「聴覚」「視覚」といった感覚をばらばらに扱うのではなく、五感全体で得られる体験を実現する取り組みはとても重要なものでした。 こうした複数の感覚を組み合わせて、その相互作用による体験価値をつくり出す取り組みは、「センスウエア・プロトタイプ」として、多様な取り組みが進んでいます。 ――詳しくお聞かせください。 山本 センスウエアの視点で未来研究として続けている活動ですが、17年から19年にかけて取り組んだのは、「リアルタイム」「五感」というキーワードを軸に、人の気持ちを動かす「情動五感」研究です。 例えば、望遠鏡をのぞくと360度で森の風景を見ることができる「Forest Notes Scope VR」や、小さなファンを使って森のライブ音を風に変換する「Forest Flow」などがあります。 折り紙で作った小さなセミに、森で鳴くセミの声をリアルタイムで振動に変換する素子を仕込んだものを、一般公開のものづくりイベントに出展しました。手に乗せた紙のセミが振動し、それは今実際に森で鳴いているセミの声の振動だと伝えると、子どもたちはびっくりしていましたね。 ――それは確かに新しい体験ですね。 山本 その他にも、19年には、仮想空間に作り出された雨を、現実世界にいる複数の人が同時に体験できる作品「Rain Square」を発表しました。これは、任意の空間に雨雲を配置すると、雨音の音響変化を通じて、雨の方向や距離を感じることができるというものです。さらに、傘の柄を模したデバイスを手に持ち動かすことで、あたかも傘に雨粒が当たっているかのような振動を体感できます。雨雲の下には見えない水たまりができ、そこに足を踏み入れると、水面を歩く足音が聞こえるなど、さまざまな音響空間を参加者同士で共有することが可能です。 実際には見えないものを、まるでそこにあるかのように感じるこの体験は、離れた場所でも常にリアルタイムで共有できる、未来体験の一例です。 視覚だけに頼らない、立体音響を使った「気配」による存在認識は、遠隔コミュニケーションを自然なものにする上で欠かせない要素だと、私たちは考えています。 また、目には見えない小鳥がテーブルに舞い降りて、映像で映し出されたオレンジをついばみ、体験者が鈴を鳴らすと驚いて飛び去る様子を、羽音とプロジェクションマッピングで実感できるプロトタイプも作りました。これは体験者に「鈴を鳴らす」というタスクを与えることで、インタラクションを通じて仮想の存在をリアルに感じさせるための実験でもありました。 他にも、バーチャル空間の森に置いたアバターの両耳にマイクを仕込んで、その心臓をハート形に光らせ、体験者の心拍データを送信してリアルタイムで点滅させるというプロトタイプがあります。体験者は360度の森の映像とともにそこに「いる」自分の鼓動が見えるようになっており、離れた場所に自分が実際に存在するかのように感じさせる仕掛けになっています。