VR、スターリンク…遠洋マグロ漁師の確保へネットに活路
遠洋マグロ漁業の若手漁師を確保するため、インターネットに活路を見いだす動きが強まっている。遠洋漁業の生産者で組織する日本かつお・まぐろ漁業協同組合(東京)は、仮想現実(VR)で漁を疑似体験できる取り組みを始めた。また、漁船でもネットを快適に利用できる環境づくりへ、漁業者らは衛星通信サービス「スターリンク」に注目している。(時事通信水産部長 川本大吾) 【写真】VRゴーグルで遠洋マグロ漁を疑似体験する山形県立加茂水産高校の生徒ら ◆VRで船上の臨場感 水産庁などによると、メバチマグロなど日本の刺し身用マグロ類の7割以上は、遠洋マグロはえ縄漁業で供給されている。日本かつお・まぐろ漁業協同組合によると、2024年の日本人の船員数はおよそ820人。この20年で5分の1に激減しており、担い手確保が急務となっている。しかし、同組合によると、水産高校で説明をしてもマグロ漁師に興味を持つ生徒は少なかった。「航海に出たら毎回死者が出るほど過酷な労働という印象がある」などのマイナスイメージを抱く生徒も多いという。 同組合は2021年3月から、ユーチューブでマグロ漁師の生活や仕事内容などを紹介する動画を配信。親しみやすいキャラクターとマグロ団体幹部とのやりとりや、若手船員のインタビューなどを随時更新しているが、担い手不足の解消には至っていない。 さらなる対策として、同組合は近年、水産高校での説明会や都市部での漁師募集のイベントでVRを活用し、マグロ漁を疑似体験してもらう取り組みを開始。効果が表れているようだ。写真や通常の映像とは異なり、VRではマグロ漁の様子を360度見渡せて、まるで船上にいるような臨場感で見ることができる。生徒からは「危険なイメージしかなかったが、船員さんが安全を確保しながら、協力して操業していることが分かってよかった」との声が上がったという。 同組合は「VRを使ってからは、志願者が多数出るようになった」と手応えを感じている。今後は、漁師が過ごす部屋など船内のさまざまな設備も撮影するほか、現在3機あるゴーグルをさらに増やし、より多くの水産高校へ出向く方針だ。 ◆「船上でも陸上と同じように」 マグロ漁業に限らず、近年は若者が漁師になっても数年でやめてしまう例が多く、定着が大きな課題となっている。特に遠洋漁業は半年以上の長い航海が多く、同組合は「若者には、船上でも陸上と同じようにネットが使える通信環境の整備が必要」とみている。遠洋漁船には通常、船舶向け衛星通信「インマルサットFX」が使われることが多いが、漁業関係者は「LINEなどを使っていても、切れたりつながりにくかったりすることが多い」と話す。若者だけでなく多くの船員が不便さを感じているようだ。 そこで、同組合や各漁業者が着目したのがスターリンクだ。スターリンクは米スペースXが運用する衛星通信サービスで、地上通信網が未整備の地域などでも高速インターネットの利用が可能。同組合は「個々の漁業者が利便性を認めて、搭載するケースが増えつつある」と説明する。 漁業関係者も、スターリンクの導入により「陸と同じようにスムーズなやりとりができるため、若者の疎外感も薄れるのではないか」と期待を込める。動画なども陸上同様に閲覧できるとみられ、若手漁師の定着へ強い味方となりそうだ。 漁師確保を重要課題に掲げる同組合は、9月に都内の事務所内に船員職業紹介所を開設し、遠洋マグロ漁に関する一層の情報公開に努めている。佐藤康彦所長は、「厳しいこともあるが、やりがいのある仕事。20代で1000万円以上稼ぐ船員もいる。ぜひマグロ漁師に挑戦してほしい」と話している。