渡辺一平「雪辱を果たしたい。このオリンピックにすべてを懸ける」
まず日本記録を達成したい。そうすればメダルを持って帰れると思っている
「深沢が泳ぐたびに自己ベストを出していく感じで、そのときはフラッシュバックじゃないけど、東京の選考会前の(佐藤)翔馬に追われている感覚がありました。ただ、大和はチームメイトだったので、二人でオリンピックに行きたいと思った。だから、後輩で追ってくる選手に、なんだか逆に心強さがありました。大和がいいタイムを出している、だったら、自分もいいトレーニングができているんだと信じていたんです」 この思考が渡辺を奮い立たせた。 大会が始まる。まず100mだ。これは「100m選手は僕たちとはまったくスピード感覚が違う」と渡辺が言う通り、出場しないという選択もあったが、200mのリハーサルのつもりで出た。それが、決勝で自己記録をクリア。調子は上々だ。そして200mに入る。予選は順当に1位。準決勝には佐藤翔馬や花車優など強豪が揃った。そのなかで、渡辺はトップで通過する。泳ぎは伸びやかで、自分でも満足できるものだった。準決勝が終わったのが夜で、決勝は翌日の夜。かなり時間が空く。 「とても緊張して大和も決勝に残ったのですが、二人で落ち着こうと11時ぐらいまでホテルのカフェでノンカフェインの紅茶とか飲んだり。必死でリラックスというのもおかしいですが(笑)、キャンドル焚いたり、ストレッチで副交感神経高めたり、湯船に浸かったりと、カラダと気持ちを休めるといった感じでしたね」 優勝。パリ行きを決める。そして、未来に繫がる確実な手応えがあった。 「実は決勝はうまく泳げなかったんです。でも2分6秒台が出た。6秒台は3回出していますが、今までは2分7秒5ぐらいの実力で、自分の力をフルに発揮して6秒になるという感覚。でも、今回は力を出し切れなかったのにこのタイム。自分のなかでも変わったと確信しましたね」 渡辺はオリンピック出場を決めた。だが深沢は3位。二人で大舞台へという夢は終わった。とにかく真剣勝負は一瞬で人の道を決めてしまう。 「僕がここまで来られたのは高城先生、そしてチームの大和と(渡部)香生子(世界選手権金メダリスト)の存在が大きいです。みんなに支えられて、代表権を獲得できた。ただ、今はまだ何も準備ができていない。体重を落とすことも必要だし、本番までにやることは多いんですよね」 オリンピックでは苦い経験がある。リオ準決勝で出したオリンピック記録は、決勝での優勝タイムを上回っていたのだ。しかし決勝では6位。記録が彼の戦う気持ちを奪った。 「あのときはまだ力がなくて、オリンピックレコードを出して満足してしまった。ただ、今回は決勝に残れる選手として行く。正直に話してもいいですか? まず日本記録を達成したい。そうすればメダルに届くと考えています。そして、メダルを持ち帰りたい。メダルを持って帰ってきた選手と、ない選手の差は大きい。ない人はほとんど相手にされない。雪辱を果たすというか、このオリンピックにすべてを懸けてます」
プロフィール
わたなべ・いっぺい/1997年生まれ。193cm、88kg、体脂肪率17%。小学校2年で水泳を始める。ジュニアの大会で数々の活躍をして、2015年に早稲田大学に入学。16年、日本選手権で2位となりリオデジャネイロ・オリンピック代表に。準決勝でオリンピック記録を出すものの、決勝6位。17年、世界選手権3位。18年、パンパシフィック選手権で優勝。19年、20年と日本選手権連覇。今年、パリ・オリンピックの出場を決めた。
取材・文/鈴木一朗(初出『Tarzan』No.879・2024年5月9日発売)