殺虫剤が効かない蚊も撃退、いま注目の新たな蚊の駆除法とは デング熱の流行は史上最悪に
蚊に致死遺伝子を組み込む
もっと直接的な駆除法も開発されている。遺伝子工学を用いて蚊の繁殖や生存能力に関わる特定の遺伝子を改変し、駆除するのだ。 英国に本社を置くバイオテクノロジー企業オキシテックは、すでに米国フロリダ州、ブラジル、ジブチなどの地方自治体と提携して、10億匹以上の遺伝子組み換え蚊を放出している。 致死遺伝子をもたせる遺伝子組み換え蚊はオスで、この遺伝子を受け継いだメスは成虫になる前に死ぬため、蚊の繁殖が抑えられる。ブラジルで行われた同社の野外放出試験では、1年足らずの間にネッタイシマカが最大96%も減るという結果が出た。 なお、それでは遺伝子組み換え蚊を大量生産できないではないかと思われるかもしれないが、致死遺伝子はテトラサイクリンという抗生物質で無効化できる。ブラジルにある同社の工場では、この方法で毎週数百万匹の蚊を生産している。 ただし、遺伝子が子に受け継がれる確率は50%という遺伝の法則があるため、組み換え遺伝子が集団内に広まるスピードには限界がある。オキシテック社のCEOであるグレイ・フランズデン氏は、「ですから、蚊が駆除された状態を保つためには、最初よりも少ない数で良いとはいえ、遺伝子組み換え蚊を継続的に放出する必要があります」と説明する。「地域を守り続けるためには、メンテナンスが必要なのです」
「遺伝子ドライブ」で駆除を加速
拡散スピードの限界を突破し、永続的な駆除を実現するために、「遺伝子ドライブ」という現象を利用しようとする研究者もいる。 遺伝子ドライブは、特定の遺伝子が50%より高い確率で子に受け継がれる現象で、自然界でも稀に見られる。この現象を利用すれば、改変した遺伝子を急速に広められる。 方法としては、まずゲノム編集ツールの「CRISPR(クリスパー)」を使って蚊の遺伝子に「ドライブ配列」を挿入する。この蚊が交配すると、ドライブ配列は子に受け継がれ、子のもう1本の染色体上に素早く自分のコピーを作る。この偏った遺伝により、集団内では、ドライブ配列をもつ遺伝子が野火のように広がってゆく。 英インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究者で、非営利研究組織「ターゲット・マラリア」でも活動しているフェデリカ・ベルナルディーニ氏は、遺伝子ドライブによって蚊を駆除するには、遺伝子が改変された蚊を比較的少数だけ導入すれば足りるので、マラリアの症例は多いがインフラは限られている農村部に適していると言う。 ターゲット・マラリアは現在、「ダブルセックス」という性決定遺伝子を標的とした遺伝子ドライブの研究を進めている。研究チームは2021年に、ケージに入れた約800匹のガンビエハマダラカ(Anopheles gambiae、マラリアを媒介する)の集団に遺伝子ドライブ蚊を導入したところ、改変遺伝子が集団内であっという間に広がり、1年以内に群れが崩壊したと報告している。 遺伝子ドライブを利用した蚊の駆除には大きなリスクを伴うため、野外放出試験は世界保健機関(WHO)の指針に従い、地域の人々の理解を得た上で、慎重に行わなければならない。野外放出試験が実現するのは、おそらく数年先になるだろう。 これらの駆除法のすべてが、蚊の駆除の未来を形作る可能性がある。遺伝子ドライブは島などの閉鎖生態系には適しているが、陸続きの国には適していない。ボルバキアは熱帯では有効でも、温帯では効果がないかもしれない。都市は、遺伝子組み換え蚊を放出し続ける費用に耐えられないかもしれない。そしてこれらすべての駆除法の前に、蚊が耐性を進化させる可能性が立ちはだかっている。 「蚊の駆除に万能の戦略はありません」とベルナルディーニ氏は言う。「最新のものから昔ながらのものまで、あらゆる戦略が必要なのです」
文=Jonathan Lambert/訳=三枝小夜子