フラット型組織は言葉遊び? 沼上幹氏の組織論
「そんなバカな」をもたらす人材が、本質的な取り組みを推進する
――時代が大きく変化する中で、「ダイバーシティ&インクルージョン」「心理的安全性」などの重要性が語られるようになりました。こうした時代にはどのような組織デザインが求められるのでしょうか。 前提として押さえておきたいのは、組織は「人のため」に存在するのではなく「戦略のため」に存在する、ということです。この前提を無視していると、ダイバーシティ&インクルージョンや心理的安全性は空虚なかけ声のまま、何となくトレンドを意識したままの取り組みで終わってしまうかもしれません。 経済組織体である企業には、社会にとって有用な財・サービスを生み出すことが求められています。そのために必要な労働力や資金などを上回る、価値があるものをつくれるからこそ社会からお金をもらい、利益を出せるわけです。その意味では、利益を生み出せているかどうかが経済組織としての基本条件だと言えるでしょう。利益を生み出すために必要なのが戦略であり、戦略を実現するために必要なのが組織です。 戦略におけるKey Success Factor(=重要成功要因、以下KSF)はどこにあるのか。それを考えれば、トレンドに左右されることなく、本質的な取り組みを進められるのではないでしょうか。 ――詳しくお聞かせください。 たとえば、市場の不確実性が高まって斬新なアイデアが必要になっているときや、従来の発想とはまったく違うことを考えなければいけないときは、ダイバーシティが大きな意味を持ちます。それまでの組織のマジョリティーだった層が「そんなバカな」と思うような、既存の常識を飛び越える意外な提案をもたらすためには、組織に多様性を持たせなければなりません。効率的に物事を進めなければならないときはそんな余裕を持てないかもしれませんが、既存の考え方から抜け出さなければならないときには「そんなバカな」をたくさん経験するほうが目的に沿っています。 その際に意外性のある提案をするメンバーをつぶしてしまっては、多様な意見が出なくなってしまいます。だからこそ、心理的安全性が大切なのです。どれだけ「そんなバカな」を自由に言える場があるか、ということですね。今のように多くの企業が閉塞(へいそく)状態にあるときには、必要なものでしょう。 「今までと同じものをひたすら安くつくる」という戦略なら、ダイバーシティ&インクルージョンも心理的安全性も必要ないかもしれません。その場合は、各部門や各機能が上からの指示をきちんと守り、確実に業務を遂行する官僚制組織を維持するべきです。とはいえ、そうした企業は現在の日本には少ないのかもしれませんね。 ――長年にわたり「日本企業はイノベーションを生み出せていない」と言われています。この原因と対策をお聞かせください。 これはまさに、「そんなバカな」と周囲が思うようなことを言う人材を組み込めていないからです。 特に重要なのは博士人材。私自身もそうですが、博士課程まで修了する人材は真理を突き詰めることを第一とし、良い意味で上司が何を言おうと気にしません。既存の常識に縛られることなく斬新なアイデアを出す人材がほしいなら、博士人材はうってつけでしょう。 現場たたき上げのマネジャーが新しい学びを得ないままミドルマネジメントの中核を担っている組織では、イノベーションが生まれづらいと思います。MBAを学ぶべきとまでは言いませんが、それに匹敵するだけの読書量と、自分自身で文章を書く習慣を持つことが大切です。 優秀な経営者を見ていると、読んだ本のエッセンスをメモして部下に共有する場面をよく見かけます。大量に読み、大量に書き、経営で実践する。これによって経営リテラシーが身につき、状況次第で違う組織形態を取れるようになるのです。次世代リーダー候補の人材には、理論的な学びを通じて現実と対話していく習慣を持たせていくべきでしょう。