フラット型組織は言葉遊び? 沼上幹氏の組織論
多くの企業が掲げる「フラット型組織」は言葉遊びに過ぎない?好事例の背景には必ず戦略がある
――最近では「従業員エンゲージメントの向上」を重要課題に掲げる企業も増えています。 企業によって活用するエンゲージメント・サーベイが異なり、測定項目が違うこともあるので一概には言えませんが、従業員の「現状に対する満足と不満」を測っているように見えるケースがあります。どのようにすれば従業員の満足度を高め、エンゲージメント向上につなげられるのか。これを考える上では、モチベーション理論が大いに参考になります。 モチベーション理論の最も古典的な正道は「期待理論」。モチベーションがどのように生まれるかの説明として、いまだに最も説得力があるモデルだと言われています。自分が努力した成果に対してどう報いられるかの確率を計算し、期待値が高ければ高いほどモチベーションが上がる、という考え方です。そして報われた結果として人は満足します。 人間はそんなに合理的ではないだろうと思われますが、ポイントはそこではありません。この議論の面白いところは、現状への満足からモチベーションが生まれているわけではないことです。モチベーションは、これから頑張ることで何を達成でき、達成したことによって何が得られるかで左右される。つまり、モチベーションは未来志向だということですね。 その意味では、エンゲージメント・サーベイで未来志向をどこまで測れているかが一番のポイントになるのではないでしょうか。現状への満足や不満を調べることは、管理職のリーダーシップを点検しているだけと言えるかもしれません。 ――現代は変化のスピードが速く、不確実性の高い時代だと言われます。こうした状況を受けて「フラット型組織」や「自律分散型組織」が注目される傾向にあります。こうした動きについて、沼上さんはどのように考えますか。 確かにフラット型組織や自律分散型組織が現代の企業に必須であるかのように語られることがありますね。私が思うのは、言葉遊びにならないようにすべきだということです。 現実的な組織に照らし合わせて考えてみましょう。企業全体の人数が変わらないと仮定すれば、フラットな組織にしていくためには一人の上司が見る部下の数を増やさなければいけません。しかし、ビジネス環境が不確実だと、部下はしょっちゅう上司に「どうすればいいですか」とアドバイスを求めてくるはず。部下の数が多いと、上司の頭があっという間にパンクしてしまうでしょうね。不確実性が高い時代は部下の数を減らさなければなりませんが、そうするとフラットな組織から遠ざかってしまうのです。 昔から、「スパン・オブ・コントロール」などと言われ、一人の上司が見きれるメンバーの数は4~8人だと言われています。本当にフラットにしたいのなら、組織の規模を小さくするしかありません。小規模な組織でもしっかりと利益を出せる商売を考えなければならないし、構成人数が一定規模を超えたら、次は事業を複数に切り分けてセグメントをさらに細かく分割していくことも考えなければならない。つまり、戦略の時点で市場をどう切り分けるかが決定打になるのです。これを考えずに、組織規模を拡大しながらフラットにしていくのは言葉遊びに近いと考えています。 最近では「多数の従業員が関わりボトムアップでパーパスを作成した」「従業員の意見を聞いて新しい事業が生まれた」といったストーリーが好事例として語られることもあります。こうした成果も実は、KSFを適切に見据えた戦略があってこそだということを忘れてはいけません。ボトムアップで聞いていったほうが良いアイデアが集まるケースだからこそ、この方法を採っているのであり、ボトムアップ自体が目的ではないことを強く意識しておくべきです。 たとえば事業の再編や撤退といった大きな決断は、ボトムアップではなし得ないでしょう。 ――沼上さんは著書で「組織が機能するためには、重要なポストに決断できる人材を配置することが重要」と述べていますね。決断できるリーダー人材を育てるためには何が必要でしょうか。 人は自分の経験だけに頼っていると、無謀な決断しかできません。直感に基づいて意思決定すると、バイアスがかかって間違ってしまうことも多いのです。適切に決断していくための打率を上げるには、じっくりと物事を考えるためのフレームワークを学び、それにもとづいた分析と実行をくり返していくべきです。 ただし、学ぶだけでは意味がなく、意思決定する場所にいなければ人材は成長しません。意思決定して失敗する経験も重要でしょう。だからこそ人事は減点法ではなく、失敗した人が再び挑戦できる仕組みをつくるべきです。何度も滑って転んで学ぶことで、決断できるリーダー人材が育っていくはずです。