フラット型組織は言葉遊び? 沼上幹氏の組織論
急速な市場環境の変化に加え、働き方の変化もあり、日本企業には従来の常識を大きく脱却した組織戦略が求められています。約30年にわたり組織論を研究する沼上幹さん(早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター 研究院教授)は、その数々の著書において「組織デザインの原理原則を知るべき」「組織デザインの流行(カタカナ言葉)にとらわれるべきではない」と述べてきました。2024年現在、日本企業にはどのような組織デザインが求められるのでしょうか。ダイバーシティ&インクルージョンや心理的安全性、エンゲージメントなどのトレンドを取り上げながら、それらの背後にある本質を語っていただきました。
成長を続けるスタートアップ経営者が注目現代のビジネスパーソンは「組織デザイン」の重要性を痛感している
――沼上さんは長年にわたり日本企業の組織の研究を続けています。なぜ日本の組織に注目したのでしょうか。 大学時代の私は社会学部で学んでおり、もともと経営学に興味はありませんでした。「金もうけのための学問なんてやりたくない」とさえ思っていました。しかし、偶然受講した経営学入門の授業のレポートを書くために読んだ産業心理学の本があまりにも面白くて、組織論の世界に引き込まれていったんです。 大学院進学時、重要な学問領域として注目されていたのは戦略論。私も組織だけを研究するのではなく、組織づくりの発端となる戦略に研究の重点をシフトさせていきました。 1990年代は日本の液晶ディスプレイ技術が世界を席巻しており、「創発マネジメント」に代表される日本的な組織づくりが正しいと考えられていました。ミドルマネジメント層がアイデアを出し、仲間を増やして全社的なうねりをつくっていく日本企業の強みがまだまだ世界に通用すると思われていたわけです。日本企業が世界の時価総額ランキング上位10社のほとんどを占めていた90年代初頭まで、日本的なやり方は確かに世界の経営モデルだと見なされていました。私もそうした環境のもとで『液晶ディスプレイの技術革新史:行為連鎖システムとしての技術』を執筆したのですが、実は発表した1999年にはすでに、日本企業は弱体化していました。 ――なぜ日本企業は弱くなってしまったのでしょうか。 当時の日本企業の商品は、高機能化を追求し続けた結果、もはや市場から求められないレベルになってしまっていたからです。 市場における差別化を論じる際によく「付加価値」という言葉が使われます。付加価値とは、その業界から自社がなくなったときに失われる価値のこと。「もういらない」と言っている顧客に対していくら頑張って商品をつくっても、付加価値は生まれません。冷たい言い方ですが、どんなに努力しても、誰にも求められないなら付加価値はない、ということです。 こうなると生産能力は過剰になり、工場をつぶさなければならなくなります。そこに中国などの新興工業国が進出し、安くて良いものを作る。日本企業で研修を行うと、ミドルマネジャーがみんな疲弊して業績が上がらずに苦しんでいました。 彼らは日本企業が最もうまくいっていたときのスタイルを取り戻そうとしていましたが、それは問題解決につながりませんでした。求められているのは事業再編やM&A、新しい技術開発などの変化であり、以前の創発マネジメントでは問題を解決できない状況だったのです。昔ながらの組織のあり方を維持し続けるのではうまくいかない。ミドルがうまく動かせなくなった組織を解き明かさなければ日本企業は立ち直れないと考え、私は組織構造を整理するために『組織デザイン』を執筆し、2004年に発表しました。 この本はいわば組織論の教科書であり、大学の授業で使われています。興味深いのは20年前の本であるにもかかわらず、ここ1~2年でスタートアップの経営者を中心に再び注目されていること。発表した当初は、社会人にはあまり読まれなかったんです。 ――組織論や組織設計に興味を持つ人事関係者が少なかったということですか。 そういうことになりますね。私は博士課程を終えた後にいくつかの企業へインタビューしましたが、当時は行く先々で「組織のことは沼上さんより私たちのほうがよく知っていますよ」と言われたものでした。 しかし、たしかに彼らは組織の動かし方をご存じだった。それは組織化のやり方であり、簡単に言うと「寝技」のかけ方を工夫して周りを巻き込んでいく方法であり、組織全体の設計ではありませんでした。多くの日本企業は、戦略を変えて組織デザインを変えるというのではなく、誰を事業部長にすればうまくいくか、その人の動かしやすい組織にするには誰を配下につけるかといったスタッフィングを一所懸命に考えていました。 しかし最近では、組織が50人、100人と成長する段階になったスタートアップの関係者から組織デザインが注目され、組織のフォーメーションを真剣に考えようとする経営者が増えていると感じます。また、私は2023年に早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センターに来てから再び組織デザインを教えていますが、社会人学生の反応は非常に良いですね。現代のビジネスパーソンは、素人が適当に組織を作っているようでは問題が解決しないことを経験し、組織デザインの重要性を痛感しているのではないでしょうか。