【東京・市ヶ谷】活版印刷の歴史を学ぶ施設と三島由紀夫の記憶が残る建造物へ。|甲斐みのりの建築半日散歩
●活版印刷と本づくりがテーマのリアルファクトリー。
2020年11月に市ヶ谷の印刷工場跡地に誕生した文化施設〈市谷の杜 本と活字館〉と、昭和の歴史に刻まれる歴史的建造物を見学できる〈防衛省・市ヶ谷台ツアー〉へ。喫茶好き、建築好き、どちらからも愛されるモダンな喫茶店〈喫茶ロン〉で名物を味わった。 【フォトギャラリーを見る】 2020年11月、大日本印刷市谷工場跡地に誕生した〈市谷の杜 本と活字館〉は、活版印刷と本づくりがテーマの文化施設。運営するのは、日本の印刷技術とともに、印刷に深い関わりを持つ視覚芸術文化を支えてきた「DNP大日本印刷」。1926(大正15)年の完成以来、「時計台」という愛称で親しまれてきた市谷工場の営業所棟を、竣工当時の姿に復原(存在する建造物をある時代の状態に戻すこと)し活用している。 戦時中の空襲にも耐え、数多くの書籍や雑誌を製造してきた市谷工場。増改築を繰り返しながら2016(平成28)年頃までオフィスとして使われていた。そんな中、工場整備計画の一環で、大型機械を郊外の工場に移すことに。跡地は緑地帯「市谷の杜」に整備され、建物を活字と本づくりを象徴する施設に再生し、地域に開かれるようになった。
荒川区にある国指定重要文化財〈三河島汚水処分場喞筒場〉を手がけた土居松市と宮内初太郎による、分離派(セセッション)の作品を継承すべく、既存躯体を生かして復原・再生をおこなったのは、ドイツで先進的な建築技術を研究した建築家・久米権九郎が創業した〈久米設計〉。後世の改修部を撤去する際、その奥に隠れていた創建時の装飾を頼りにデザインをおこしたり、当時の図面、文献、写真を解析してオリジナルを辿ったり。根気を要する作業を重ね、ついに竣工時の端麗な姿が蘇った。
かつての印刷工場のいち風景を再現し、実際に職人が活字を拾って印刷機を回す「印刷所」。印刷にちなむオリジナルメニューも楽しめる「喫茶」。大日本印刷の歴史や、建物の復原の様子を映像で見られる「記録室」。印刷や本づくりの体験ができたり、イベントがおこなわれる「製作室」。活字や活版印刷などニッチな視点で企画展を開催する「展示室」。印刷にまつわる書籍や、活版印刷・特殊印刷で作る紙雑貨、職人用の製本道具を揃えた「購買」。地階から2階までさまざまなコーナーがあり、印刷、活字、本好きには至福の空間だ。