【東京・市ヶ谷】活版印刷の歴史を学ぶ施設と三島由紀夫の記憶が残る建造物へ。|甲斐みのりの建築半日散歩
●建築好きにも愛されるモダンな喫茶店。
建築散歩の最後は四谷駅前の〈珈琲ロン〉へ。現在、2代目マスター・小倉洋明さんのもとで3代目として修業中の娘・真智子さんに、建築を中心とした店の話を聞きながら名物を味わう。 芝生を意味するロンと名付けて、真智子さんの祖父が喫茶店を開いたのは1954(昭和29)年のこと。当初は道路を隔てた向かい側に1号店があり、現在の店舗は上層階に住居機能を持たせた2号店として1969(昭和44)年に完成している。シンプルだけれど洗練されたコンクリート打ち放しの外観。扉を開けると奥に長く続く1階席があり、螺旋階段の先には吹き抜けを隔てて左右に分かれた2階席が。 内装には、合板、コンクリート、レンガ、タイル、ステンレスなど、さまざまな素材が使われている。一見すると無駄な装飾を省いているように映るけれど、じっくりあたりを見回すと、柱のないのびやかな空間や、壁と天井の間にわずかに開いた隙間、丸みを帯びたストックルームの扉、建築家の細やかな意図を感じる細やかなデザインが施されている。
設計を手がけたのは、大阪芸術大学やマガジンハウスの社屋などを手がけ、〈第一工房〉を設立した建築家・高橋靗一氏に師事した池田勝也氏。手塚建築研究所・手塚由比さんのお父上でもある方だ。もともとロン1号店の内装を高橋靗一氏がおこなっており、第一工房に所属していた池田氏が2号店を引き受けることに。設計から竣工までの間に池田氏は独立し、都心の限られた敷地ながらもゆったり寛げる喫茶店を完成させた。 「池田先生が31歳の時にここを作っていただいて、現在86歳。この間、池田先生と娘の手塚先生がお二人で訪ねてくださいました。設計当時のことをいろいろ質問をしたのですが、55年前のことも全て即答、全部鮮明に覚えていらして。今もほぼそのまま残っていることを喜んでいただきました」と真智子さん。 池田氏は学生時代、茶室建築の第一人者・堀口捨己氏のアシスタントをしていたこともあり、簡素に見えながらも外の世界とつながりを持つ茶室のエッセンスも取り入れたようだ。