「深刻化する人手不足」でこの国にいったい何が起きているのか…「物価上昇」を読み解く
技術革新によって物価高騰を抑制することができるか
物価の動向は基本的には生産コストの動向に依存する。そして、人件費に加えてその生産コストを左右する要因として重要なのがイノベーションの動向である。 ここまでサービス品目の長期的な動向のなかで、通信費の価格が持続的に低下してきたことについてふれた。通信費の価格が低下した背景には、情報技術の発展があることは間違いないだろう。 通信費にかかわらず、イノベーションが進展することでより効率的に財やサービスを生産することができるようになれば、その財やサービスの価格は低下する。そして、生産技術の革新によって質の高い財やサービスがより安価に買えるようになれば、消費者の暮らしはより豊かなものになる。 イノベーションと言っても、それは一様ではない。既存の財やサービスをより効率的に大量に生産することを可能にする技術革新は、一般にプロセスイノベーションと呼ばれることがある。一方、財やサービスの品質を抜本的に改善したり、全く新しい商品を作り出したりするような技術革新はプロダクトイノベーションといわれる。 技術が進歩して人々の暮らしが豊かになる過程においては、プロセスイノベーションもプロダクトイノベーションもともに必要である。しかし、この二つのイノベーションは、経済の需給への働きかけが異なるものになる。 つまり、プロセスイノベーションは既存の生産技術を改良するものであるから、供給能力を高める一方で需要の拡大にはつながりづらい。一方、プロダクトイノベーションは新しい技術を活用してこれまでにない製品を生み出すことから、供給能力の向上よりも需要の拡大に働きかける側面が強い。カイゼンという言葉に象徴されるように、一般的には日本の企業はプロセスイノベーションには強いが、プロダクトイノベーションには弱いと言われることが多い。 こうした認識のもと、デフレーションが進行していた局面においては、需要に働きかけるプロダクトイノベーションを日本でいかに生み出すかという視点で、これまでさまざまな議論が行われてきた。 しかし、今後の展開は少し異なるものになるだろう。人口減少経済においては賃金が持続的に上昇し、人件費の高騰に伴って物価も緩やかに上昇していくことになる。そうなれば、これまで日本企業が得意としてきたプロセスイノベーションの重要性にも再び光が当たることになると考えることができるのである。 生産コストが持続的に上昇していく時代において、過度なインフレーションを防ぐためには、企業による絶え間ないイノベーションが必要になる。今後、消費者の暮らしをいまより豊かなものにすることができるかどうかは、先進技術を活用した企業による生産性向上のための真摯な取り組みにかかっている。
坂本 貴志(リクルートワークス研究所研究員・アナリスト)