「メタバース」が2024年に“本当にバズった”理由と経緯 識者がデータを交えて徹底解説
スタンミ、ホロライブ、VAULTROOM……2024年に入ってから、予想だにしない方面から、ソーシャルVR『VRChat』へ乗り込む人々が相次いで登場している。 【画像】訪問数が数倍に跳ね上がる……『VRChat』の国内人気ワールド動向 旧FacebookがMetaへと社名を変更し、大きな路線変更を発表したことで、2022年からにわかに「メタバース」ブームが巻き起こったのは、記憶に新しい。『VRChat』のようなソーシャルVRだけでなく、Web上で動く仮想空間、果てはNFTやブロックチェーン、Web3といった概念まで、いっしょくたに「メタバース」とパッケージングされたことで、この言葉はバズワードと化した。 そして、2024年に入るころには、ブームに乗じて始動した試みは一定数が頓挫、あるいは思うような伸長が叶わなかった。しかし、2024年半ばごろから『VRChat』は急成長を遂げることとなる。世間が生成AIブームへと呑み込まれている中、なぜ『VRChat』だけが大きく急成長したのか。2024年のカギとなる出来事にフォーカスしつつ、その要因を考察する。 ■着火点は、ストリーマーと『VRChat』の出会いから 直近の『VRChat』注目度向上につながる出来事は、著名な動画投稿者・配信者をトリガーとするものが多い。まず、2023年にガジェット系YouTuberの瀬戸弘司が『VRChat』にやってきた。『Meta Quest Pro』の購入とともにプレイを始め、特に著名なイベント「サキュバス酒場」を訪問する動画が話題となった。そのイベントコンセプトゆえに、界隈の外にも噂が広がっていた場へ、一定の知名度を持つ存在が訪問し、外へ向けて発信した形だ。 そして、この発信結果を受け取ったひとりが、2024年の『VRChat』に旋風を巻き起こしたストリーマー・スタンミだ。他ならぬ瀬戸弘司の「サキュバス酒場」訪問動画を配信で視聴し、興味を抱いてからすぐに現地を訪問。瞬く間に企画主催、様々なイベントへの訪問レポートなど、『VRChat』の内側の世界を外へ届ける活動を数多く展開した。 そして、『VRChat』で出会ったユーザー・トコロバ(所場)との出会いが大きな転機となる。見た目もキャラクターもユニークな“一般宇宙人”と意気投合したスタンミは、「トコロバといっしょに遊ぶだけの配信」を実施。企画やイベントレポートでは発信されにくい、「『VRChat』で友人と過ごす何気ない日常」を発信した。 この配信は、過去の著名人による『VRChat』参入ではなかなか見られなかった一手だ。多くの場合、著名人は期間限定のイベントや、話題のワールドへの訪問など、「ハレの日」に行く観光地として訪れていた。しかし、スタンミとトコロバがともに遊ぶ配信は、『VRChat』ユーザーが日常的におこなう「ケの日」の光景だった。 「行く場所」ではなく、「通う場所」や「住む場所」としての『VRChat』を見たことで、初めて「メタバースの魅力」に気が付いた人も多いだろう。事実、今年の7月~8月に『VRChat』を開始した人に筆者が話を聞いた際、始めたきっかけに「スタンミとトコロバ」が挙がる確率はかなり高い。 その後、配信者・動画投稿者のやみえんが『VRChat』で活動する人などを集めたインタビュー企画を実施したり、ゲーム実況者の弟者はスタンミをきっかけに『VRChat』で配信をおこない、スタンミとのコラボも果たした。ゲームコミュニティ・VAULTROOMも、バーチャルショップとたまり場を兼ねた公式ワールドを公開するなど、ハレとケの両方を送り出したスタンミの配信により、配信者たちの『VRChat』への関心は大きく引き上がったと思われる。 ■ストリーマーから派生し、VTuberにも『VRChat』ブームが到来 VTuber業界にも、ジワジワと『VRChat』ブームの波がきている。大きな呼び水となったのは、2023年に公開された遊園地ワールド「ぽこピーランド」だろう。甲賀流忍者ぽんぽことピーナッツくんのテーマパークとして建設されたハイクオリティな遊園地を見て、ファンはもちろん、同業であるVTuberたちが訪問したり、企画動画・配信を行ったりしている。 2024年には、プロeスポーツチーム・REJECT所属のVTuber・天鬼ぷるるが、スタンミやクリエイター協力のもと、『VRChat』でファンとの握手会を実施した。この時点で3D化に至ってなかった彼女は、市販アバターのカスタマイズモデルで『VRChat』に上陸。ファン一人一人と握手を交わしながらコミュニケーションを楽しんだ。 こうしたイベントはリアルではめずらしいものではなくなりつつあるが、VTuberもファンも“同じ次元”に立てるのがソーシャルVRの大きなメリットだ。『VRChat』で暮らしていると当たり前と思ってしまうが、VTuberとファンの境界線を最も薄くしつつ、ファンの側も自己表現が手軽にできる環境はなかなかに希少だ。「VTuberがVRChatで活動する意味」を、改めて大きく示してくれた事例と言えるだろう。 そして今年9月末には、ホロライブの「hololive DEV_IS」に所属するReGLOSSの火威青が、『VRChat』で3Dモデルのお披露目配信を実施した。グループでのお披露目はあったものの、単独のお披露目予定はなかったところに差し込んだ形だ。そして、配信内で自らがプレイ歴5年のベテラン『VRChat』ユーザーであることを言及し、以後その知見を基点に『VRChat』配信をスムーズに展開している。 この火威青の動きをきっかけに、これまでホロライブEnglishで強く見られた『VRCha』活用熱が、ホロライブにも伝播し始める。11月に入ってからは3期生の宝鐘マリンも『VRChat』配信を実施したほか、ホロライブ、ホロライブEnglish、ホロライブインドネシア3グループの合同企画も組まれるなど、プロダクション全体で『VRChat』活用へ大きく舵を切り出している。 VTuberにとっての『VRChat』は、高級な機材と人員が必要なモーションキャプチャースタジオに頼らずとも3Dモデル運用ができる「簡易スタジオ」としての活用が見込まれる。VRデバイスとモーションキャプチャーデバイスを準備すれば、ある程度の精度で全身の動きを反映できるし、収録現場となるワールドは数多くあるし、自身で作成することもできる(許諾や権利関連は気をつけるべきだが)。先行事例でいえば、スタンミがモノマネを披露するためのステージを作ったり、天鬼ぷるるの握手会会場を作成していたのも記憶に新しい。とりわけ企画屋気質のVTuberにはありがたい環境だ。そうした特性が、国内トップクラスのグループを経由して、業界へ伝わる可能性はあるだろう。 ■数字的な変化からみる『VRChat』の成長 では、空気感は別にして、数字上の変化はどうなっているのだろうか。まず、重要なこととして『VRChat』からはオフィシャルなDAUやUUの数値公表はされていない。このため、数値に関連した考察は外部サービスの記録をもとにする点はご容赦いただきたい。 まず、Steam上のデータ集計を行う「SteamDB」にて、2017年から2024年にかけての各月の「『VRChat』プレイヤー人数のピーク」を見てみよう。 グラフを見ると分かる通り、基本的には右肩上がりであることが一目でわかる。瞬間的に跳ね上がるタイミングは1月。この月にはニューイヤーイベントが実施されているほか、年末年始の休みに合わせて多くの人がログインすることで、人数が跳ね上がったものと推察される。参考までに、2024年1月1日の最大同時プレイ人数は52,956人とのことだ。ただし、これはあくまでも「Steam」上のデータ集計結果であるため、「Meta Quest」版のアプリなどから直接ログインしているユーザーは集計できていない可能性がある。 もう一つの参考値として、有志による非公式集計プロジェクト「VRChat API Metrics」にて、同じ期間の推移を見てみる。青は「VRChatトータルのアクセス数」、オレンジは「Steamからのアクセス数」として表示されている。 こちらもトータルで見れば右肩上がりのように見える。グラフの中央付近、2022年7月末に「Steam」からのアクセス数が急落したタイミングがあるが、これはチート対策ツール「Easy Anti Cheat」の導入、およびそれに伴うMODの遮断を受けた一部ユーザーの反発・離反が生じた時期と合致する。 そして「VRChatトータルのアクセス数」を見てみると、2024年時点のピーク時には約11万人が同時接続していたことが読み取れる。なお、2022年から顕著になる「VRChatトータルのアクセス数」と「Steamからのアクセス数」の差分は、「Steam以外のアクセス」と考えられる。有力なところとしては、前述したMeta Quest版を始めとするアプリ版からのアクセス数だろう。 とはいえ、上記の推移はグローバルな集計値である可能性が高い。本稿で話題にあげた「国内の盛り上がり」は実情としてどうなっているのだろうか。それをうかがい知る材料の一つとして、著名なパブリック交流系ワールドのアクセス数を見てみる。 これは筆者が個人的に集計している、2024年6月からの国内の主要なパブリック交流系ワールド(FUJIYAMA、JPT、ポピー横丁など)のアクセス数の推移だ。各数値は「VRChatの世界(β)」の記録データを参照している。 目に見えてわかるのは、7月を境に急上昇しているワールドの存在だ。特に「日本語話者向け集会場『FUJIYAMA』JP」の伸びは著しく、トコロバが登場した後の8月には3万人以上が訪れる日も出現する。これは、スタンミが最初の『VRChat』配信で訪問したワールドの一つであり、かつ「おすすめの初心者ワールド」として配信で取り上げたことが要因だろう。筆者もこの時期の「FUJIYAMA」には何度か足を運んだが、半数以上が始めて間もないユーザーだったこともあった。 そして、7月~8月は学生の夏休み期間でもある。やはりこの時期は、時間に余裕のある学生などが『VRChat』に遊びにきやすいらしく、人口は一時的に増える傾向にあるようだ。しかし、9月以降は8月からゆるやかに減少しつつも、基本的には一日あたりの訪問数はスタンミ登場以前から跳ね上がっているワールドが多い。新規参入したユーザーの一定数が『VRChat』に定着したと解釈しても、不自然ではないだろう。 ただし、「FUJIYAMA」のアクセス数を2023年1月から通して眺めてみると、こちらも「基本的には右肩上がり」の傾向が垣間見える。2024年7月~8月の勾配があまりに急すぎるだけで、人口そのものは着実に増えてきているものと考えられる。 特に、2024年2月~4月には、サンリオ主催イベント『SANRIO Virtual Festival 2024 in Sanrio Puroland』に、TBS主催の音楽ライブ『META=KNOT 2024 in AKASAKA BLITZ』と大型イベントが連続していた。そして、4月は新生活シーズンでもあり、新たな趣味として『VRChat』を始めたユーザーもいるだろう。これらの複合要因によって、新たなユーザー流入は2024年序盤から既に始まっていた可能性が高い。 ■忘れてはならない、空前のブームが生まれる土壌を育ててきたものたち 総合的に各種数字を眺めていると、これまでも『VRChat』は右肩上がりの人口上昇を続けていたが、スタンミ訪問以降、特に日本国内での人口・注目度は跳ね上がったと見て取れる。 その要因は上記の通り、ハレだけでなくケの『VRChat』も大きく発信することに成功し、多くの人に『VRChat』で日常的に遊ぶイメージが伝わったことにあると考えられる。くわえて、ストリーマーであるスタンミのファンは、彼の遊ぶゲームタイトルに触れるために高めのスペックの(『VRChat』の要求スペックを満たすような)PCを所持している確率が高いことも一因だろう。 そして、一連の流れでやってきた新規層(もちろん、スタンミらも例外ではない)が定着する上で、長年に渡るワールド、アバター、イベント、活動者といった文化の積み重ねが寄与している点も忘れてはいけない。著名なストリーマーの興味をガッチリと掴み、彼らの発信が魅力的に映るだけのポテンシャルがあったからこそ、「実はこんなにおもしろい場所だったのか」と新規層に気づかせることにつながっている。 国内の『VRChat』界隈は、VTuber黎明期の2018年初頭から、実は芽吹き始めている。というより、最初期のVTuberには『VRChat』を活動拠点としている人も一定数いたが、アクセス難度の高さゆえに、人口増加はこれまでゆるやかだった。いまや、『Meta Quest 3S』などの安価で入手性の高いVRデバイスが普及し始めたことも手伝い、『VRChat』をスタートすることは難しくない。あとは、「そこで楽しく過ごせるか」どうかだけイメージできれば、広大でディープなソーシャルVRへ飛び込むきっかけが花開くことだろう。
浅田カズラ