[麻布競馬場]友達がいなくても大丈夫 30歳を過ぎたら大人のクラブ活動
大学の同級生は軒並み20代のうちに結婚してしまい、連夜の合コンは次第に夫婦主催のホームパーティーへとシフトしていった。そのうち子供が生まれて彼らは育児に追われるようになり、そのうえコロナ禍もあって呑気(のんき)なパーティーどころではなくなり、あれよあれよという間に友達は激減。機を同じくして、婚約まで進んでいた自身の結婚も色々あってご破算に。ついに本格的孤独がやってくる……と身構えた瞬間、これまた色々あって小説家デビュー。新しい肩書きが手に入ると、会う人も出入りできる場所もグッと増えるようで、幸いにも『地面師たち』を観る頃には「もうええでしょう~」というメッセージを意味なく送りつけるべき友達が何人かいた。副業は収入面ばかり注目されがちだが、一番のメリットは実のところ人間関係の再活性化にあるのかもしれない。 とは言うものの、様々な事情で副業がままならない人はいるし、「ただでさえ仕事でヘトヘトなのに、友達を作るためにもう一つ仕事をやれって!?」と言いたくなる人もいるだろう。そんな皆さんのために、とっておきの秘策を伝授しようと思う。それは、「ゆるいクラブを作る」というものだ。 ●郷土料理を味わう「チロリアンクラブ」 イタリア北部のトレンティーノ=アルト・アディジェ州は、東アルプスの山々に囲まれた海なし州だ。南チロル、という歴史的名称を持つ同州の郷土料理は、魚といったら川魚、あとは大麦に蕎麦粉にキノコにチーズといった素朴で滋味深い素材を用いることが多い。シンプルな白いお皿に茶色い料理、たとえば蕎麦粉のしょっぱいケーキ、パンとチーズを混ぜ合わせたお団子料理、パプリカパウダーを効かせた煮込みなんかがちょこんと載っているというのが基本スタイル。飾り気のない、禅寺のような趣すらある皿の数々からは、同地に広がる大地の力強さ、流れる水の清らかさが立ち上ってくる。世間的にはまだ知名度が低いが、飲食関係者の中には熱烈なファンも多いようだ。 南チロル料理を食べ歩き、一人ひとりがアンバサダーとなって知名度向上に貢献しよう――そんな崇高な理念を掲げる「チロリアンクラブ」が、今年の秋に設立された。立ち上げ人は、今年の夏に秋田旅行へ一緒に行ったあの先輩だ(参照:令和の米騒動 秋田の八郎潟でカレーライスの夢を見る)。 「僕の地元である豪徳寺には、『三輪亭』という南チロル料理の名店があってね。てっきり、都内で南チロル料理が食べられるのはそこだけだと思い込んでたんだけど、どうやら神谷町と麻布十番にも南チロル料理を出すレストランがあるらしいんだ。どうだ、君も『チロリアンクラブ』に入らないかい? 僕を含めて、すでに4人の会員がいるよ」 そんなふうに誘われたら、乗るしかない。取り急ぎ「入会させてください」と返事をしたところ、すぐさまチロリアンクラブのメッセンジャーグループに追加された。会員の顔触れを見てみると、年齢も職業もバラバラだし、先輩のほかに知人は一人もいなかった。とにかく、同グループで日程調整が粛々と進められ、半月後に神谷町の「ダ・オルモ」というレストランに集合することになった。 結果から言えば、会は大変に盛り上がった。ごはん好き、それもニッチな郷土料理好きという熱量の高い共通点があれば、初対面でもこうも話が弾むのかと感心したほどだ。何より、北村征博シェフの繰り出す料理が最高だ。卵黄のソースをかけたポルチーニ茸(だけ)のフライや、カリカリに焼いた鮎(あゆ)の甘酸っぱいパスタなど、思い出しただけでもお腹が空くような料理が次から次へと気前よく出てくる。