いっけん地味?でもあなどれない実力「京王電鉄」。雰囲気の違う系統が、同じ沿線になった理由とは…その歴史を太平洋戦争まで遡る
『沿線格差』という言葉を目にすることが増えましたが、フリーライターの小林拓矢さんいわく、「それぞれの沿線に住む人のライフスタイルの違いは、私鉄各社の経営戦略とも深くかかわっている」のだとか。今回はその小林さんに「京王電鉄沿線の魅力と実情」を紹介していただきました。小林さんいわく「京王電鉄沿線は、知られざる実力派沿線」とのことですが――。 【書影】関東8大私鉄の「沿線力」を徹底比較!小林拓矢『関東の私鉄沿線格差: 東急 東武 小田急 京王 西武 京急 京成 相鉄』 * * * * * * * ◆京王電鉄沿線の魅力と実情 知られざる実力派沿線、というべきなのが京王電鉄の沿線である。 東急沿線のようにハイソサエティなイメージはなくても、十分に高級感のあふれる沿線であり、沿線の不動産価格も高い。 両隣のJR東日本中央線や小田急電鉄ほどではないにせよ、豊かさが感じられる沿線となっている。 小田急電鉄が小田原を一気にめざして開業し、中央線の前身である甲武(こうぶ)鉄道が多摩エリア(とその先にある山梨県と長野県)を一気に結びつけようとして開業したのに対し、京王電鉄京王線系統は路面電車の延長として開業した。 軌間は1372ミリメートルであり、都心の路面電車と同じであった。 そのため、現在の新宿三丁目周辺から調布、そして府中へと開業した際には、駅が多く設定されていた。しかも根拠法は軌道法だった。 京王の狙いは、甲州街道付近に暮らす人に、路面電車のような便利な交通機関を提供しようというものだった。並走している中央線と比べ、駅の数が多く、駅間距離が短く、そもそも直線ではないということが特徴で、こまめに地域の乗客を乗せて便利に利用してもらおうとしたのだ。 府中より先は、京王の関連会社が地方鉄道法に基づいて軌間1067ミリメートルの線路を敷設(ふせつ)した。 実際に府中を過ぎると、京王電鉄の風景はがらりと変わるのである。その後、この会社は京王と合併した。そのうえで軌間を京王と統一した。
◆井の頭線 では、井の頭線はどうなっているの? とお思いの方もいるかもしれない。 井の頭線は「帝都電鉄」という小田急系列の鉄道会社として、軌間1067ミリメートルで開業した。 この軌間は小田急と同じである。東京を環状で囲む路線として計画された一部が、現在の渋谷~吉祥寺間である。 帝都電鉄は、開業後に小田急と合併する。 井の頭線沿線は、東京都内でも屈指の高級住宅街を走る路線である。 世田谷区や杉並区といった、地価の非常に高いエリアの路線となっており、人気の高い路線だ。 京王線系統と井の頭線系統では、ちょっと雰囲気が違うのである。
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