元衆院議員・金子恵美、いま改めて考える“公用車ベビーカー”問題。女性議員増やすための「クオータ制」なぜ必要か?
女性を増やす「クオータ制」には慎重だった私も……
今回の衆議院議員選挙、女性の当選者は73人と過去最多になりましたが、それでも当選者に占める女性の割合は15・7%。私が国会議員だった7年前と比べると、地方議会も含めて女性議員の数は少しずつ増えてきていますが、そのスピードはやはり遅い。女性の候補者自体をもっと増やしていかないといけません。 議席や候補者の一定割合を女性にあてる「クオータ制」の議論は、私が地方議員のときからありました。実はそのときは、私はクオータ制には慎重派だったんです。本来は、女性の意見が政治に反映されることに意味があるのであって、ある意味“無理やり”女性の数を増やすというやり方が果たしてどうなのか。有権者の意識が変わり、投票行動が変わった結果、女性議員が増えていく、というのが理想なのではないか、と思っていました。 ただ、そのときは、この「意識を変える」ということが、こんなにも時間がかかることだとは思っていませんでした。長年かけて分かったのは、残念ながら日本の社会構造と、それにより形成される意識下でのジェンダー問題は根深いということ。ならば枠を作ってでも女性議員を増やし、「女性が政治家や指導的立場にいると社会にこんなに恩恵あるんだ」と分かっていただく。まず女性の数を増やしてから意識を変える、と順番を変えたほうがいいと思うようになりました。 2018年には、各政党に対し、男女の候補者数が均等になることを目指して取り組むように求める法律が成立しましたが、結局、法的拘束力が弱い「努力義務」にとどまってしまったんです。例えばフランスでは「パリテ法」といって、各政党に男女同数の候補者擁立を義務づける法律があります。そうすると当然、改革が圧倒的に早く進みますよね。 世界的にはジェンダー格差に関する問題は「社会問題」であり「経済戦略」であるとも認識されています。つまり、ジェンダー格差の解消は社会全体に恩恵をもたらすことであると認識されているんですね。でも日本では「女性問題」ととらえられ、まるで女性だけに関わる話であるように扱われます。 そして、こういう話をすると、「女性の権利ばかり主張するな」と言われるのですが、それもある意味一理あって、男女どちらの希望や権利も認められるのが男女平等だというのはその通り。例えば、男性が家事や育児を優先する、主夫になるといった選択をすると、「女よりも稼げない男なんて」と言う人がいますが、そういう選択も自然と受け入れられるように、古い価値観はアップデートしなければいけないのではないでしょうか。