いじめを克服した三刀流サーファー・井上鷹「嫌だったけど、伝えて誰かの未来が開くなら」
生きるのが嫌だったら、別の世界があることを知って欲しい
世界を舞台に戦うアスリートは、全員抜きんでた存在だ。SNS全盛の今、目立った存在は善悪関係なく叩かれ、社会的な“いじめのような現象”に悩むアスリートも多い。長い時間、いじめと向き合ってきた井上は、その匿名での批判は、“無価値”だと言う。 「僕も少しずつ名前を知られることが増えて、結構ひどいのも経験しています。でも、SNSの批判って、あまり気にしなくていいのかなって。面と向かって言われるのも経験してるし、ケガをさせられたこともありますが、それに比べたらオンラインのいじめって“どうでもいい”って感じる。だから、皆さんあまり深く考えなくていいのかなって思いますね。匿名で好き放題言う人たちのことなんて、考えなくていい。それでも考えちゃうと思うので、そこが難しいですけどね。価値がないって言ったら変ですけど、そんな感じ」 そしてまた、スポーツに限らずいじめに悩む子どもたちに向けて、どんな言葉を伝えたいか。その乗り越え方について、ヒントを求めた。 「いじめの内容にもよると思いますが、一旦違うことをやってみる。全く別のことをやってみてほしいですね。特に子どものうちなら、知らないことのほうが多い。生き方も、僕みたいに学校に行けなかったけど表舞台に出た人もいる。スポーツもいろいろ種類があるし、何か嫌だったらとにかく別の世界を知ってほしいかな。引きこもりたい気持ちはわかりますが、あえて違うところに行く。それには、親の協力も必要だし、親や周りの先生に正直に伝えて、違うことに触れる機会を作ってもらうのが一番いいと思います」 自身も、サーフィンに出会って「没頭していくと、あまり周りの反応が気にならなくなった。嫌なことも忘れられた」という井上の言葉には、それだけの重みがあった。
「あまり皆さん選ばない1番を…」。自ら1番を選んだ理由
大人を嫌い、人前で話すことも苦手だった井上は、この9月、「AthTAG GENKIDAMA AWARD 2024」に登壇した。「おカネを理由に夢を諦めさせない」をテーマにしたこのイベントで、海外渡航などの活動応援費を獲得するためだ。優勝者に与えられる200万円を目指し、彼は経営者など200人以上を前に、堂々と自己PRをした。そのプレゼンテーションはうまい・下手でなく、その場に立った勇気、それを得た過程を評価するべきだと感じた。 実は、プレゼンテーションでトップバッターを選んだ理由を、彼はこう説明する。 「くじ引きで1番を引いたので、どの順番でも選べたんです。でも、このアワードに登壇するって話を知人にした時、『1番じゃないほうがいいね』『他の方のプレゼンを聞いた上でやったほうがいいよ』って言われたんです。でも、皆さん一生懸命頑張ってこられた人たちで、それを見て付け焼刃で何かやっても絶対勝てない。それなら、自分を表現するため、あまり皆さん選ばない1番を選んだほうが逆にいいかなと思ったんです」 「メンターの方が作って下さったスライドを操作するのも忘れて、30%くらいしかお伝えできなかった気もします。賞は逃しましたが、発表後に皆さんからいただいた、ご意見ご感想によれば僕の想いは届いたようだったので、出て良かったなと思っています」 まじめに大学まで行って、いじめも受けず育った人々が、社会人になって23歳で、経営者200人を前に自分が話す順番を選べるとしたとき。一番を選ぶのは、何%ぐらいだろう。その勇気と決断力を、何%の人が持てるのだろうか。それを考えると、思うのだ。きっと人は、どんなに暗い時期があろうとも、いつからでも何者にでも変わることができるのだ、と。 <了>
[PROFILE] 井上鷹(いのうえ・たか) 2000年11月25日生まれ、宮崎県出身。SUP・ロング・ショートサーフィンの「三刀流プロサーファー」として活動。小学校時代は転校し、いじめを受け引きこもりがちだったが、サーフィンに出会いプロを目指すことを決意。15歳から競技に取り組み、SUPサーフィンでワールドタイトル獲得。海外でも高い評価を得ている。
インタビュー・構成=守本和宏