バレー中垣内、中田新監督が東京五輪へ決意表明「メダル狙う」
中田監督「チームはバランス、土台を固めたい」
女性監督としては2人目。生沼スミエさん(1982年に代表監督)には選手としてたくさん支えられた。女性監督としての強みは「距離感」、まずは選手の長所などを理解して、それを生かしつつ、SOSも見逃さないようにやっていきたい。「戦う集団」にする。挑戦するという生き様を表現できれば。最後に勝ちきれるチームにしたい。そのためにはスパルタ、鬼にもなるが、オリンピックの厳しさやプレッシャーは理解しているので、話をしながら選手に寄り添って一緒に戦っていける。心が折れたときなど、後ろで支えてもあげたい。 若手の育成も大切だが、チームはバランス。若いセッターを育てるには技術のあるアタッカーが必要だし、アタッカーを育てるには技術のあるセッターが必要。セッターは早く固定したい。キャプテンも早い段階に決めたい。土台を固めることが大切。軸になってほしい選手はたくさんいるが、リーグをみてから。 高い外国チームと同じバレーをやっていても勝てない。個人の身体、メンタル、技術のレベルアップは必要だが、日本のリズム、日本のテンポで点を取ることが大事。ここを確実なもの、質の高いものにする。 バレーボールは金メダルから始まった。伝統と歴史のある競技。しかも(金メダルを獲得した)東京五輪なので、頑張りたい。各企業の大事な選手をお借りするので、(企業やVリーグの監督とも)連携していきたい。 リオ五輪がスタートという選手もいる。日本チームの状況はとても厳しい。だからこそ(監督を)やらなきゃいけないと思った。推薦していただいて、企業の監督にも応援していただいて、バレーボール人生の最後、東京五輪に懸けたいと思った。限られた時間しかないが、いい色のメダルを目指して頑張りたい。
中垣内新監督「日本代表スーパーエース」として活躍
全日本男子を率いる中垣内祐一氏は現役時代、日本代表のスーパーエース(オポジット)として活躍。1992年のバルセロナ五輪では膝を痛めながら奮闘し、日本を6位入賞へと導いた。指導者としては2004年に現役を引退後、堺の監督として2005年にVリーグ優勝を果たし、2009年に「監督修業」のため渡米、2年間海外のバレーを学び、帰国後の2011年から2013年まで日本代表のコーチを務めた。 世界のエースとしての「顔」や海外研修員として留学した経験からアメリカ、ブラジルをはじめ世界とのパイプやコネクションも豊富で、先のリオ五輪最終予選敗退時に指摘された「海外経験の少なさゆえの脆さ」の克服も期待できる。「プレゼンで、(東京五輪の)2020年までの指導計画が明確だった」と木村憲治日本協会会長兼強化本部長も評価した。