認知症の母とダウン症の姉。にしおかすみこが「お出かけ」に挑んでわかったこと
顔を…
シュッシュッと小刻みなスリッパ音と共にパステルカラーのセーターが目に入る。 やっぱり似合っている。その母が「顔を変えました」と。 え? あ、メイクしている。皺だらけの顔にまだらに白浮きしたファンデーション。スカスカした枯れた眉に2、3本針金を通したようなライン。左右非対称の濃いめのチーク。昔、まだ母がおばさんだった頃、よそ行きの顔を作るとバカ殿みたいだったことを思い出す。あの頃よりは薄く、きっちりとは描けておらず弱々しい。でもまた見られると思わなかったよ。 「変?」と真顔で聞いてくる。 「……変だね」それだけ言うのが精一杯で、私の笑いの結界がドッと切れる。「アハハ、アハハハハ」もう止まらない。 「ええー。どうしよう。全部落とすか」と困り顔の母に、私はヒーヒー言いながら「大丈夫、ちょっと待って」と、ポーチに入れていたメイク道具を取り出す。 「もういいから~」と拒否する母をこちらに向かせ、チャチャっとぼかし馴染ませた。こんなものか?ふと、ふちがハッキリしない素の唇が目につく。「リップ塗る?」と聞いたら、 「ご飯食べてどうせ落ちるからいらない」。代わりに横で姉が物欲しそうな顔で待っている。……唇が乾燥しているねえ。日常そういったことに気づけない私自身を責め、ない。 「ジッとして」とほんのりピンクのリップをキュキュッと塗ってやり、「こうやって口をンパッ、ンパッてやって」と言ったら、得意げに唇を内側に折るようにしてフガ、フガとやる。入れ歯を外した婆さんみたいだ。 「できた。はい、ふたりとも、ギリ、ナチュラルな可愛いおばあちゃん」と 手鏡をみせる。「や~ね~」と声を重ねながら顔を寄せ合い覗き込む。 母が「ま~ったく、なんでもいいさ。さ、行こう」と姉の頭を撫でるようにして、つむじの少し寂しくなった辺りを髪で隠してやる。年を取ったね。さ、出発だ。 ◇出かけるまでも一筋縄ではいかないにしおか家。果たして料亭ではどんな誕生祝いとなるのだろう。 詳しくは後編「にしおかすみこ、認知症の母の誕生日をダウン症の姉と料亭で祝う」にてお伝えする。
にしおか すみこ(お笑いタレント)