認知症の母とダウン症の姉。にしおかすみこが「お出かけ」に挑んでわかったこと
「すみーすみー」
「すみー。すみー」と2階から認知症のエースが呼んでいる。 上がってみると、寝室のベッドに冬服を並べている。母が昔編んでいた手編みのセーターも幾つか引っ張り出されている。懐かしい。どれも網目のデザインが凝っていて、今でもじゅうぶん着られると思う。私の目線に気づいたのだろうか? 母が「自分で編んだのは、今、太ってるから着れない。ダイエットしてからか、毛糸ほどいて新しく作りなおすか」と。どちらも永遠に行けない。 更に「ママは何でもいいのよ。あんたが一緒だと気をつかうよ全く。クソババアは嫌だろう? 面倒くさいねえ。どれがいい? これか? これか?」と、掴む服に限って着古したグレー系の毛玉だらけの薄手の長袖シャツだ。大量の焼肉のセンマイを抱えたクソババアに見えてくる。 更に母は、ごちゃ混ぜになった服のうねりの中から、柔らかいパステルカラーが3色ほど組み合わさったセーターを見つけ、親指と人差し指で摘まみ上げてこう言う。 「……こんなもん見たことない。誰の? 薄気味悪い。さてはパクソが酔っぱらって、どっかから拾ってきたか。そうに違いない。どこぞの女の趣味だ。こんなもん、ろくなもんじゃない」 私の趣味だ。去年だったか、母に買ったものだ。 冤罪の爺さんは、すぐ後ろのベッドでイビキをかき、酒臭さを充満させながら寝ている。父、いや、こいつが一番ろくなもんじゃない。
もったいない
母は私がお金を使うのを嫌がる。「ママのために? もったいない、無駄遣いして」と繰り返し、本人が小言ループから抜け出せなくなるので、 「私のお古だよ。ママ着ないなら捨てるよ」と、これまでもこれからも言うであろうセリフを口にする。 「バカ! 捨てる!? 物を粗末にするな! バチが当たるよ! そんなこと、今、初めて聞いた。あんた着ないならママが着るさ! でも……これ新品みたいに綺麗よ。ホントにお古? もったいないから、いざって時に着るよ」 「今が、いざ!」 疲れる。朝からエネルギーを使う。私もカレーをお腹に入れておくべきか。 間もなく10時。身支度を整え、玄関から「タクシー来るよ~。行くよ~」とふたりに声をかける。 しゃなりしゃなりと姉がピンク多めの服で登場する。あれ、先程は白服ではなかったか? 「おいろ なおし」。ああそう。よくそんな言葉知ってるね。