認知症の母とダウン症の姉。にしおかすみこが「お出かけ」に挑んでわかったこと
何言ってんの
母が「何言ってんの。全然違う。そんなにお腹空いてたわけじゃないさ。ひと口くらい何か胃袋に入れとかないと、お昼までに目が回っちゃうと思って食べてたら、ひと口で終わらなかっただけ」……違わないだろう。 姉が「ルーだけ、いっしょうけんめいたべたから。セーフなの」と言い訳の追従をみせる。米を食べてないと言いたいらしい。好きにすればいいけど。 3人で外食なんて、前がいつだったかわからないくらい久しぶりだ。しかも老舗料亭。私は心の中でこう思っている。 「どれだけ不安定な財布事情から出すと思ってんだ。元が取れるくらい最大限に美味しく味わって、こっちの疲れが吹き飛ぶぐらい喜んでくれ!」 金のなさが人を小さくするのか、元々小さいのか、どちらだろう。せっかくの優しさが押しつけがましさに侵されている。ああ、嫌だ。
9時。
9時。玄関で、全体に白多めの服に着替えた姉が靴を履いている。 「お姉ちゃん、お店開くの11時。まだ行かないよ」と言ったら、 わかっているとばかりに頷く。そしてゆっくり言葉を切るようにして、少しどもりながら、姉にしては長めに語る。 「やっぱりだまってられないの。 ほ、ほんとのこと いってくるね! すみちゃんが ずっと たんじょうび できてないの。こ、こ、 こどく。 それで かぞくでごはんいくから さぎょうしょに ずるやすみしますって いってくる! 行くな。作業所に休みは伝えてある。ほんとのことではない。中々、外出したがらない母を連れ出す口実のひとつだ。「本当はママの誕生日祝いだよ。すみちゃんは11月でもう終わったよ。ママが12月」と説明しながら、方向もわからず飛び出して行きそうな姉を玄関に座らせ、靴を脱がす。 小粒な瞳をパチクリさせ、「ええー? ほんとはママなの? ウソ―。しんじられないのー」とオーバーに片手で自分の口を覆ってみせる。初耳みたいなリアクションだが、これだってふたりに何度も伝えている。サプライズではない。ときどき思う、姉が認知症だったらどうしよう。そうだとしたら?私は何に怯えているのだろう。いやいやまさか。昔からの天然だろう?