研究者が紐解く、前近代の日本社会が“トランスジェンダー”に与えた社会的役割
21世紀になってからLGBTの概念が広がった
【三橋】社会的役割を持っていることがすごく重要なんですよね。トランスジェンダーやトランスベスタイトはどんな社会にも必ず存在します。そういう人を「神の教えに背くから」と手間をかけて殺してしまうよりも、社会的役割を与えて生かすほうがずっと合理的です。 "合理的"というと欧米的・近代的な印象ですが、そうではなくそうした人たちに役割を与えて活かしてきた社会のほうがむしろ普遍的だったと私は考えています。前近代の日本社会もそうだったんだろうな、と。 20世紀の日本の場合、職業はショービジネス(芸能)、飲食接客、セックスワークに限定されていました。私はこれを「ニューハーフ3業種」と言っています。それが21世紀になってからLGBTの概念や人権に関する考え方が社会に入ってきて、トランスジェンダーの人たちが「3業種」以外の職業にもつけるようになっていった。 私が中央大学の非常勤講師になったのは2000年です。たまたまかもしれないけれど、2000年という世紀の区切りのタイミングでそうなったのも、日本社会のひとつの流れだったのかなと思います。 最初に奥野さんがおっしゃっていた「自分語りが嫌いだと言いつつ...」という話は、自分でも書きながら思っていました(笑)。 「言っていることとやっていることが違うな」と思いつつ、1990年代から現在までの約30年の間に今言ったような社会の動きがあって、そういう時代に自分が行き当たったこと自体も偶然だし、ある種の運命だし、もっとかっこよく言うなら、それが私に与えられた役割、天命だったのかな、とこの本をまとめたときに思いました。 【奥野】ジェンダーとセクシュアリティをめぐる問題の中に私たちの現代社会における諸問題が凝縮されている可能性を、今回ご著書を読ませていただいてものすごく感じました。引き続き三橋さんのほかのご著作も読んで勉強していきたいと思います。 【三橋順子(みつはし・じゅんこ)】 1955年、埼玉県生まれ、Trans-woman。性社会文化史研究者。明治大学文学部非常勤講師。専門はジェンダー&セクシュアリティの歴史研究、とりわけ、性別越境、買売春(「赤線」)など。著書に『女装と日本人』(講談社現代新書)、『新宿「性なる街」の歴史地理』(朝日選書)、『歴史の中の多様な「性」―日本とアジア 変幻するセクシュアリティ』(岩波書店)がある。 【奥野克巳(おくの・かつみ)】 1962年、滋賀県生まれ。文化人類学者。立教大学異文化コミュニケーション学部教授。大学在学中から世界中を旅し商社勤務を経て、大学院で文化人類学を専攻。2006年からボルネオ島の狩猟民プナンのもとで定期的にフィールドワークを続けている。著作に『はじめての人類学』(講談社現代新書)、『これからの時代を生き抜くための文化人類学入門』(辰巳出版)などがある。
三橋順子(性社会文化史研究者),奥野克巳(文化人類学者)