研究者が紐解く、前近代の日本社会が“トランスジェンダー”に与えた社会的役割
「シャーマンは、普通の人と違う格好をしている」
【奥野】そうですね。祭礼を担っていたファカレイティと同様に、なんらかの社会的な役割が与えられています。つまり緩やかな形でそういう存在が社会の中で認められている。ブギスにはほかに第4のジェンダーとしてチャラライ、そしてビッスと呼ばれる両性具有的な存在がいます。 ビッスはシャーマンであり、宗教的な職を担っています。シャーマンというのはこの世とあの世という2つの世界を股にかけ、あちら側の世界に行って帰ってくることによって何らかの仕事をします。そういう意味で、ブギス社会に限らずシャーマンにはトランスベスタイト(異性装趣味)が多いですね。 【三橋】それでいうと、自分がサードジェンダー的なものに関心を持つ中で、そこにシャーマニズムが接続したのは、大学時代に一般教養で受けた佐々木宏幹先生の講義だったんです。 【奥野】シャーマニズム研究の先生ですね。 【三橋】はい。佐々木先生がこの通りに言っていたかどうかは記憶が曖昧なんですが、「シャーマンは大体、普通の人と違う格好をしている」という話があったんですね。 その格好には2つのパターンがあって、ひとつは鹿の角を被っていたり鳥の羽を着けていたりするような動物と人間が混じった格好、もうひとつが両性具有的な格好だ、と。 それを聞いていたから、日本史の研究をする中で髭の生えた巫女を絵巻に見つけたとき「日本にもやっぱりダブルジェンダー的なシャーマンがいたんだ」と思ったんですね。 あるいは、琉球弧にも女装するユタがいて、かなり近代まで残っていました。トカラ列島の悪石島では1960年代まで女装のシャーマンが3人いた。宗教的役割を担うサードジェンダー的な存在は日本にもいたわけです。 インドやインドネシア、太平洋諸島の話をしてきましたが、その分布に日本も含まれているんですよね。やはりかなり普遍性があるんだな、と。 【奥野】私はボルネオ島に住むカリスという焼畑農耕民のシャーマニズムと呪術をドクター論文のテーマにしていて、1990年代半ばにその地域に2年間住んでいたんです。 人口2000人くらいの集団で、シャーマンは男性女性合わせて10人くらいいました。そこでもやはり男性のシャーマンはトランスベスタイトで、儀礼の際には口紅をつけて普段は男性が着ない赤い腰巻きをつけます。誰から学んだのか聞いたら「先輩の男性シャーマンがそうやっていた」と言っていました。 【三橋】トランスベスタイト、日本では女装者といわれる人たちは化粧や着るものが女性よりも派手なんですよね。ある種、女性性を強調するような部分がある。それは各地の女装のシャーマンも同様ですが、人口が2000人しかいなくて文化交流も盛んではないような地域でも同じだというのはとても興味深いです。